「ロゼ、コレ話したか? 俺達…俺とシリウスとサリィとシュバルツが、高3だった時の」
「高校3年の話は何度か聞いたけどな。その中のどれだ?」
「えーと、バレンタインの」
「いや、聞いていない」
「ちょっと待て」
「「?」」
セイレムとロゼウスはシリウスを見る。
シリウスはカップを両手で押さえ、じっと紅茶の面を見つめていた。
「セイレム…」
「うん?」
「何を話す気だ……」
「楽しい思い出♪」
シリウスがゆっくり顔を上げた。
その表情からして信じていない事は明確だ。
ロゼウスは上司の表情に少し不安を覚えたのか、セイレムを見る。
セイレムはシリウスとは逆に、何やら嬉しそうだ。
「セイレム、やっぱり話さなくていい」
「あれは俺達4人が最後の高校生活を満喫していた時の事だ…」
「聞け」
それはどちらのツッコミであったか。
++++
魔界某国の某街にある某魔法学校は、毎年優秀な魔法使いを輩出していた。
それは厳しくも解りやすい授業内容のお陰であったり、そこに入った生徒やそこで指導する教師の熱意のお陰と言う話がある。
遠方から通う生徒の為に寮もあり、イベントも多いので、そこら辺も歓迎される。
何であれ、魔法使いを目指す者が憧れる学校ではあった。
難しい受験をクリアして入るだけの価値はある=だって面白そうじゃないか
それが入学志望者達の考えだった。
そして毎年のように何かが起きているのだが、ここ6年の間に目だった騒動が頻繁に起きていた。
理由は、騒動の核となるのに充分な素質を持った生徒がまず4名入学。
その生徒達が3年に進級した時、その生徒達の兄弟と親友が入学した。
スヴァンホルム兄弟(7名)と若くして闇精霊長のシュバルツ(当時短髪)の8名である。
上の兄達と同じく整った容姿+努力の甲斐あって成績優秀=目立つ
加えて「売られた喧嘩は即買います」スタイルもあった為(シリウスとシュバルツは立場上控え目だった)、そう言った物事の「種」としての才能をいかんなく発揮していた。
魔法実技ではシリウスとシュバルツが教師顔負けの魔法を放ったり。
上級生に彼女を取られたとかで因縁付けられたセイレムが絡んできた相手数人を張り倒したり。
1番大人しそうなサリレイが物凄いスピードで箒を乗り回し、それを見た校長にベタ褒めされたりしていた。
他にも、1年生になって初めてのバレンタインデーでロッカーを開けたらお菓子やプレゼントの雪崩に襲われたとか、女性教師からチョコを受け取ったとか。
貰うよりあげる派のシリウスが作ったチョコレートケーキが絶品だとかで「くれ」と言う生徒が押し寄せた事もあった。
(護衛についていた黒猫モードのウィルドガルドに、多数の生徒が引っかかれ保健室へ直行と言う結果に終わった)
けれど進級するにつれ慣れていったのか、3年となると自分達の身の回りに起きる騒動への対処の仕方もスムーズになった。
背も伸びて幼さが大分無くなった為、アレコレ対処する姿が素敵だとか囁かれたらしい。
「素敵とか言われてもなぁ……俺ら、慣れただけなんだけどな」
それがシュバルツの意見だった。
それでも、毎年賑やかなバレンタインデーには初めてのように驚く事も多々。
++++
そんなこんなで、高校生活最後のバレンタインデー。
朝から浮きだった空気が校内に満ちており、女子も男子も老いも若きもソワソワしていた。
ただしシリウス達4人はコソコソと。
前日にロッカーの中に入れていた授業で使う教材などは寮の部屋へ持っていき、授業直前に困らないように対処した。
移動が困難になりそうな移動教室の授業は、シリウスの瞬間移動の能力で目的の教室へ。
そして、授業中も休み時間もバレンタインを気にかけていないようにする。
気にしてるとか、何かカッコ悪いと言うか恥ずかしいと言うか。
「死ぬなよ」
「そっちこそ」
「では…」
「頑張ろうね」
お互いの健闘を祈ってバラバラに行動したのは昼休み。
普段ならお喋りしたり運動場でボール遊びをしている生徒が多いが、お目当ての相手にプレゼントしたい為、校内を奔走する生徒が目立つ。
取り敢えず適当に歩いていたセイレムは、廊下にドン!とある鎧甲を身につけた乙女の彫像の影に隠れている、数人の女子生徒と目が合った。
途端、彼女達が恥ずかしそうにし小さく騒いだが、そこから出てきてセイレムの前まで来ると、全員仲良く同時に
「先輩! これ、受け取って下さい!!」
と言ってセイレムに押しつけると、キャーッと声を上げてバタバタと廊下を走り去っていった。
セイレムは黄色い声をあげて廊下を駆け抜けていく、おそらくは1年生の集団にぼそりと声をかける。
「走ると転んで『中』見えちゃうんじゃないのかな。しかしまあ、元気なもんだね…あ、トリュフだ。ラッキー♪」
食べ物は好きだから、本命な物でなければ受け取る。
ドンと来い。寧ろ食べ物ならジャンジャン来い。
それがセイレムだ。
サリレイは同級生に呼び止められて、穏やかにプレゼントを渡されていた。
その中には男子も混じっているが、魔界ではお世話になっている人(性別問わず)にも贈り物をする習慣がある。
仲の良い友達と言う間柄だと、こう言った光景は当たり前だった。
「はいコレ。あげるー」
「わあ、ありがとー」
「あたしも♪」
「俺も俺も。宿題で世話になってます先生!」
「サンキュー、サリィ」
「ううんいいよ。あのね、これ僕からみんなに」
そう言って差し出したのは、ココアクッキーが詰められた小袋数個。
貰った同級生達は「キャホー!」と喜び、サリレイに何度も礼を言ってその場を別れた。
サリレイは貰った物を大事そうに抱えると、今の時間帯で一通りの少ない道を選んで進む。
人があまりいない時間帯を調べたのはセイレムで、どうやって調べたのか訊いても「内緒♪」としか答えてくれなかった。
サリレイは高い天井や窓をキョロキョロと見る。
「カメラとか付いてるのかなぁ…?」
と、そこに可愛らしい声が響く。
「サリィせんぱーい、コレ受け取って下さい♪」
見れば女子生徒3人。
知らない子だがありがたく受け取った。
贈り物と一緒に気持ちも来るって、嬉しいなぁ。
シュバルツは図書館奥の本棚の影にいた。
先程から落ち着かない様子でおり、本棚の影から図書館入り口の様子を伺っている。
と、そこに長い黒髪に長く尖った耳、金色の目をした少女がやってきた。
その子の姿を見た途端、シュバルツが嬉しそうに笑う。
シュバルツと同じ闇精霊の少女で、未来の奥様ティターナだ。
シュバルツの所までパタパタと小走りで行き、悪戯っぽく笑う。
「なぁに、今年はここに隠れてるの? 随分不用心な所ね」
「隠れるのは、別の場所」
ティターナはニッコリ笑うと、シュバルツにくっつく。
「毎年大変ね、貴方達って」
「んー。でもティターナから貰えるし渡せるし、俺は別に嫌じゃないぜ? 今からドコ行く?」
「隠れ家は後でみんなで落ち合うんでしょう? だったら、イイ所があるから、それまでそこにいましょ」
「ん」
2人は楽しそうにクスクス笑い、互いの額をコツンとくっつけた。
その状態のまま目を閉じ、僅かに光の粒子を散らして消える。
精霊だから、壁とかはあまり意味がない。
姿を消して移動だって出来るのだ。
友人とワイワイ騒ぐまでは、2人きりの時間を。
1番大変なのはシリウスだった。
渡す派なので、出来れば直接手渡したいのだが今の状況がそれを許してくれない。
その為、向こうには申し訳ないが全て郵送だ。
今頃、クラスメイトやら教師陣に届いているだろう。
1番人通りの少ない渡り廊下を選んでボンヤリしていたが、一緒にいるウィルドガルドが何か感じたらしい。
起き上がるとシリウスの制服の裾を加えてグイグイ引っ張った。
(あぁ、長居は無用と言う事か?)
訊くと「にゃぁ」と鳴いて答えた。
特別契約をした魔族として学校には届け出ているから喋っても差し支えはないのだが、ウィルドガルドはその時変身している動物に徹する癖がある。
シリウスは短く息を吐くと、ここより少しだけ人のいる所へ向かおうとした。
ずっと1人と言うのも、退屈だ。
と、後ろからパタパタと駆けてくる音がする。
ウィルドガルドが低く「ナァ〜…」と鳴いた。
幻獣だから動物の言葉は解る。
その為、シリウスは僅かに青くなった。
ウィルドガルドは低く「男だぞ…」と言ったのである。
自分でない事を祈りながら歩いていたが、声をかけられた。
「あの、シリウス先輩…」
随分高い声だ。
ウィルドガルドが女子と間違えたのではないか。
実技では男女は同じ服を着ているから、その恰好をしている女子じゃないのか。
そんな期待を持ちつつ振り向いた。
頼む、女子であってくれ。
「先輩。これ、受け取ってもらえますか…?」
「甘い物好きだ、って聞いたので…!」
そう言っているのは随分背の低い、小柄な少年2人。
多分1年生だろう。
背が低いので中学生と言われたら「そうですか」と納得してしまうほどだ。
150あるか無いか。
それくらい小さい。
シリウスはしばし迷った後、受け取る事にした。
アッチかコッチか、判断基準が見当たらないのだ。
ウィルドガルドが魔法を使って心に直接「男からは一切受け取らない方がいいぞ」と言うが、「アッチでなければ受け取っても大丈夫だろう」と言い返す。
「あ、ありがとう」
何とかそれだけ言って小さな袋を2つ受け取ると、少年2人はパァッと笑顔を浮かべ、嬉しそうに走り去っていった。
完全にいなくなったのを確認してからウィルドガルドが喋る。
「おい」
「何だ」
「…カードが入っているんじゃないのか。開けてチェックした方がいいぞ」
「………そ、そうだな」
ウィルドガルドにも見えるよう、しゃがんで封を開くと、確かにカードがあった。
恐る恐るそれを開いて、文面を目で追っていたが、やがて堪えきれなくなってバタンと閉じる。
そのまま俯いて黙ってしまったので、ウィルドガルドは溜息をついた。
「本命…みたいだな……」
そう言った途端、シリウスに無言で持ち上げられギュー、と抱きしめられた。
ウィルドガルドはやれやれと溜息をつくと、器用に前足で肩をぽんぽんと叩いて慰めた。
カードには、丁寧な調子で、けれど可愛らしい字で
『今、好きな人っているんですか? 教えて下さい』
『ずっと憧れてました(以下プライバシー保護の為、略)』
その日、同性から貰ったプレゼントの数が1番多かったのはシリウスだった。
あの少年達と、似たようなかほり漂うプレゼントがドッサリ。
明らかに本命と解る同性からの物は、指一本触れようとはせず、全て魔法で相手に送り返したとか。
次の日、シリウスはショックで授業を休んだ。
++++
「…なーんて事があったのさ。ま、美味しい思い出と言うか何と言うか」
そう言いながら、セイレムは机に突っ伏して拗ねてしまった兄弟の頭を撫でて笑う。
ロゼウスはセイレムをじっと見てダラダラ汗を流していた。
何となく…と言うか見事に予想通りの話であり展開ではあったが、そこまでとは思わず。
ホモが苦手、はその頃からだったんですか。旦那。
何かあったのだろうけれど、訊ける事ではない。
ロゼウスは、自分の机に戻って念力を使って花を花瓶にやっているセイレムを見、それから突っ伏したままのシリウスを見た。
「だ、旦那…」
「…何故、兄弟で、私ばかり…」
本当にショックらしい。
少し涙声だ。
セイレムを見ると、声を出さずに口だけ動かして
『シリウスが1番男にモテたのさ』
と言われた。
「旦那。すぐそこの、ミセス・ファウルのバニラアイス奢りますから…元気出して下さい」
「……うむ…」
ロゼウスはシリウスの肩を叩いた。
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