>>> 第一種未確認戦士と接触す

  デュエルしたいわね、とお嬢が言った。
  レオンは「俺はパス」とどこかへ消え、アベルは外をジョギングしていて不在、ブレイズは読書中の為に断られた。
  そうなると、残るはエヴァリスト、アイザック、グリュンワルドの3名。
  最近妖魔としか戦っていなかったのもあって、暴れ足りなかったのだろう。
  3人は「行く」と即答した。
  向かった場所はディートヘルム。氷結の湖畔。
  選んだのは3vs3。
  特に何もない、ごくごく普通の、どこにでもあるデュエル。………の筈だった。

「エヴァ、グリュンワルドと交代してちょうだい」
「わかった。グリュンワルド!」
  エヴァリストが呼ぶと、グリュンワルドは剣を鞘に収め、戻ってくる。
  それと同時に、エヴァリストはサーベルを抜き前へ出た。
  その背中へ「油断するなよ」とアイザックが言い、「当たり前だ」と彼が返す。
  探索中でもデュエルの時でも見られる「いつもの光景」を見ながら、お嬢は手元のカードを確認した。
  これならアレが使える……でも、油断大敵。
  静かな目で、あちらを見る。向こうも交代を宣言していた。
  誰を出して来るのかしら。
  じっと向こう側を見ていると、知らない戦士が現れた。
  痩せた顔つき、長身の男。武器は、長剣。
  薄い笑みを浮かべているものの、鋭さを帯びた目からは、一切の思考が読み取れない。
「……初めて見る顔だな」
  グリュンワルドの記憶には無い戦士のようだ。
  エヴァリストも、グリュンワルドと同じく「知らない」様子だった。何か言われたのか、不思議そうな顔をしている。
  アイザックは?と見ると、こちらの視線に気付いたらしい。首を横に振る。
「知らねえ。多分」
「そう」
  短いやり取りの間に、戦いは始まっていた。
  先手を取ったのはエヴァリスト。
  サーベルの刀身が淡い光を放ち、次の瞬間には凄まじい電撃を帯びた。そして爆ぜる。
  必要な物全てを揃えた、雷撃。威力は大きい。
  けれど、向こうはそれを見越していたらしく、長剣の切っ先を下に向けて構えた。
  そして"笑う"。

  瞬間、生じるものは。

「茨……!?」
  向こうも準備万端だったらしい。男を包むように現れた茨のオーラが、雷撃全てを防いでしまった。
  エヴァリストは内心舌打ちするとサーベルを構え直し、相手の攻撃へと備える。
  お嬢は手元のカードを素早く確認し、顔を上げた。
  攻撃は防がれてしまったが、大丈夫。エヴァリストはまだ無傷だ。
  "手"はあるし、上手くカードが巡れば、防御出来るだろう。しかし。
「……アイツ以外にも、茨を使う奴がいんのか」
  アイザックも同じ事を考えていたらしい。真剣な表情で向こうを見たまま、ぽつりと漏らす。
「そうみたいね。それに……エヴァが使う茨とは少し違うみたいだわ」
  言い終わると同時に向こうが動いた。長剣を振り上げ、凄まじい勢いで振り下ろす。
  エヴァリストは直前に形成した茨の森で攻撃を受け止め、その威力を消した。茨の棘が、男の顔に、腕に、傷を付ける。
  しかし、攻撃を受けた瞬間、エヴァリストが僅かに後ろへ下がった。と言うか押されていた。
  もしかして。
「攻撃力が上がったように見えたけれど」
「みてぇだな。向こうの茨は、能力アップか……」
  今度は向こうが先手を取った。
  エヴァリストは距離を取る事は出来ず、迫る長剣をサーベルで防ぐ。
  精密射撃を使うには"手"が足りない。暫くは接近戦になりそうだ。
  剣と剣のぶつかる音が響く。
「……ん?」
  アイザックが何かに気付いた。じっとエヴァリストを見ている。
  どうしたの、とお嬢もエヴァリストへと目をやる。

……何だか様子がおかしい。

「……オロオロ、してる?」
  必死な様子で相手と距離を取ろうとし、攻撃を避け、ガードしている。こちらから攻撃する時は、どこか及び腰だ。
  戦闘時でも常に落ち着き、何かに驚いたとしてもすぐ冷静さを取り戻す、あの、エヴァリストが。
  首を傾げていると、エヴァリストがこちらを見た。焦っている。
「お嬢、交代したい!」
「えっ……!?」
「頼む!! アイザックかグリュンワルド……どちらでも構わない!!!」
  何だか必死だ。
  いつもと違う様子に驚いた為、交代の判断が遅れる。その間に男がエヴァリストに迫り、長剣を振り上げた。
「それはおかしいな。私の相手をしてくれるのはお前だろう? エヴァリスト」
「っ……!!」
  エヴァリストは横へ飛び、間一髪で避けた。そして反撃するが、力が入っていない。
  アイザックが立ち上がるが、それをグリュンワルドが制止する。
「私が出る」
「なん……!」
「あるのは貴様より私向きのカードだ。それに、その防御力で奴の攻撃を防げるか?」
「………っ」
「そう言う事だ。……奴の飼い犬なら、飼い主が戻るのを待つべきだぞ。犬」
「犬じゃねぇ、軍犬だ」
「間違っていないだろう。エヴァリスト、私が出る! 戻れ!!」
  グリュンワルドが剣を手に飛び出した。
  呼ばれたエヴァリストはホッとした様子で振り向き……猛ダッシュで戻ってきた。
  短く息を吐き、難しい顔をしてサーベルをしまい、眼鏡の位置を直す。そして、深呼吸。
  何だか、酷く疲れた様子だ。大怪我は、していない筈なのに。
「大丈夫、エヴァ?」
「おい、エヴァ。どうした」
「………アイ、ザック」
  強い力で、アイザックの両肩を掴んできた。表情は真剣そのもの。アイザックはその迫力に呑まれる。
「お、おう」
「……、だ」
「……は?」
「奴は敵だ。だから、次に奴と会った時は私の盾になれ。いいな」
「は? え? お前の盾になるのはいつもの事だから別にイイ……って、え?」
  対戦相手だからある意味"敵"と言えなくも無いけれど。でもどうして、と、お嬢はポカンとする。
  アイザックに命令してきた理由がわからなくて、お嬢とアイザックは顔を見合わせるしかなかった。

  ……と言うやり取りがあった間、グリュンワルドは必殺の構えを使い、威力を上げたバッシュで男の体力をゴッソリ削り取っていた。
  あちらに運が向かなければ、次の攻撃で倒せるだろう。幸い、必要な"手"は揃っている。
  しかし相手の表情に変化は無い。冷えた笑みを浮かべたまま、長剣を繰り出してくる。
「ほう、なかなかやるな。これで相手がエヴァリストなら満足出来るんだが」
「こちらにはこちらの戦略と言う物がある。譲歩出来ん。……1つ、訊きたい事がある」
「何だ」
  男が長剣を構え、グリュンワルドはその攻撃に備える。
  腕を狙ってきた長剣を刃で受け、弾き返す。それと同時に己の血を使い、傷ついた体を癒した。
「貴様、エヴァリストに何かしていたな」
「あぁ……」
  男が笑う。口の端を上げて、にや、と。
「なに、挨拶代わりに触れただけだ」
  やはりな、と思うが口にはしない。代わりに、確認の意味を込めて言う。
「………腰にか」
  ほんの一瞬だが、見えたのだ。
  男がエヴァリストに攻撃した時。手が、エヴァリストの腰へ動いたのを。
  エヴァリストの様子がおかしくなったのはその直後から。
  お嬢とアイザックは気付いていなかった。いや、気付いてもお嬢は何がどうとか理解出来ないだろう。
  アイザックの方はギャンギャン吼えて飛び出すだろうが。
  男がまた笑った。愉しそうに、嬉しそうに。
「いいや。尻だ」
「…………。」

ちょっと同情した王子。その後構え+バッシュでぶっ倒しました。

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