>>> 髪結い

  どうして、こうなった。

  ブレイズは眉間に皺を寄せ、問いかけた。
  芝生の上にきちっと正座して、両手を拳にして膝の上に置き、ただジッとしている。
  そんなブレイズの背後には、椅子に腰掛けたグリュンワルドがいた。
  なぜ此方が芝生に直で座っており、向こうは椅子に座っているのかと言う疑問があるがそこは無視する。
(気にしたら負けだ。気にしてはいけない……!!)
  だがしかし、すぐ後ろにグリュンワルドがいて、自分の髪に触れていると言うこの状況。
  落ち着こうと思えど心臓が脈打つペースは上がるし、色んな事が気になってくる。
  どうしてこうなったとか、どうして向こうだけが椅子に座るんだ私にも椅子を寄越せ等々。
  結果、無意識の内に重い溜息がこぼれ。
  グリュンワルドがそれに気付いたらしい。軽く髪を引っ張られ、髪と一緒に頭も後ろへと引き寄せられる。
「動くなと言っただろう」
「っ……! 耳元で言うな!」
「ああ、すまないな。耳が遠くなっているんじゃないかと思ったんだが」

  誰の耳が遠くなっただと?

  そう言い返したいのに言い返せないのは、グリュンワルドが耳元で喋っているからである。
「どうしたブレイズ?顔が赤いぞ」
「いいからさっさと続けろ!!」
  笑みを含んだ声に怒鳴るが、怒鳴られたグリュンワルドは全く気にしていない。
  今の絶対にわざとだろう、この黒太子め。

  今より少し前。
  たまには外で読書を、と思い外へ向かおうとした所、グリュンワルドと出くわした。
  大抵はお互い無表情(ブレイズは実際心臓バクバク)で擦れ違うのだが、今回は擦れ違った瞬間肩を掴まれた。
『なっ、』
『ブレイズ、少し付き合え』
『っ……!?』
『……そこで顔を赤らめるな。お前は乙女か?』
『誰が乙女だ!!』
  置かれた手を乱暴に振り払い、グリュンワルドを睨み付ける。
  が、グリュンワルドは睨み付けられても気にしない。と言うより、こう言う反応が返ってくるとわかっていたのだろう。
  薄い笑みを浮かべ、こちらの反応を楽しんでいた。
  突然の事で忘れかけていたが、確かこの男はこう言う男だったと思い出す。
  そんな男であるグリュンワルドは、ブレイズの髪を一房手に取ると、その銀髪をジロジロと眺めた。
  手を離せば、銀髪はさらりと流れ落ちる。その間、一言も喋らない。
『……何の、用だ』
『……矢張り、お前のが一番良さそうだ』
『何?』
『付き合え』
『だから何の用だと!』
『髪を結ってやる。頭を貸せ』
『…………なに?』

  そうだ。確かそんな経緯で、こうなったのだった。
  そしてなぜグリュンワルドが「髪を結う」などと言い出したのか。
  理由を思い出し、胸の内がざわざわとする。
「……グリュンワルド」
「何だ」
「お嬢の髪を結うのなら、彼女に直接言えばいいだろう。結わせてくれと」
「言った筈だ。姫の髪でぶっつけ本番など出来ない、とな」
  そう。だから練習台になれと言ってきたのだ。
  導き手の少女。彼女の澄んだ碧色の髪を、美しく結う為に。

『長髪の者なら他にもいるだろう。余所に当たれ』
『馬鹿かお前は』
『なんっ……!』
『アベルの髪は姫のものと違って癖が強い、練習台には向かん。
レオンは今探索に出ていていないから無理だ。クレーニヒは交換条件を出して来そうだからな……そうなると面倒だ』
『……確かに。だが、アインとシェリ、ドニタがいるだろう』
『女性陣を練習台には出来ん。それに、同じ練習台にするなら男の方が面白い。……故にお前だ。ブレイズ』
『……どう言う意味だ。私だと面白いとでも言うのか』
『あぁ、そうだ。お前は面白い。……何だ、自覚が無かったのか?』

  その時、ブレイズはムスッとしつつも受け入れた。
  グリュンワルドが自分にからかいの言葉や視線を向ける事はあれど、こんな風に触れてくる事は滅多に無い。
  次にいつ訪れるか解らない、この距離でいられるのならば。
  これが自分ではない誰かの為であれ、このまま……と思った所で、自分は乙女なのかもしれないと言う思考に陥りそうになる。
  いけない。何か別の事を考えなくては。
  視線を動かすと、自分の影が目に入った。その形に、今、普段とは全く違う髪型になっている事がわかる。
  何と言うか……下ろしている髪が頭の左側に寄せられ、そこに色々飾られている。ような。
「……グリュンワルド。私の髪は今、どう言う状態なんだ」
  鏡が無いから詳細はわからない。が、男がする髪型で無い事だけは確かだ。
  さっき視界の端にチラリと侵入した可愛らしい花。
  それを「ここか……いや矢張りこっちか」と髪に入れたり抜いたりした後「ここだな」と入れられた感覚があるから、絶対にそうだと思っている。
  しかも場所が邸の中ではなく外と言うこの状況、誰かに見られたりしたら……と思うと、ジッとしているのが非常に辛い。
  何かわかるものは……と視線だけを動かしたつもりが顔も動かしてしまった。
  ぐ、と髪を引っ張られる。痛くない程度に。
「動くな」
「しかし」
「失敗してお前の頭が前衛的髪型になっても構わんと言うのなら、私は気にしない。好きなだけ顔を動かすがいい」
  見本や解説書を見ながらやれば大抵の事は完璧にこなすグリュンワルドだ。
  だから「マトモな髪型」は出来る筈。
  筈なのだが、その100%反対を敢えてやる事も出来る。
  更に言うと、そっちを好む傾向がある。
  恐らく、大人しくしていなければ前衛的髪型とやらにされてしまうだろう。
  しかも自分ではどうにも出来ない様な。
「くっ……」
  フン、と笑ったのが聞こえた。

「良い子だ、ブレイズ」

  耳元で囁かれる。
  低い声に、体温が一気に上昇した。

「……ッ!!  わざとだろうグリュンワルド!!!!」
  たまらず大声を上げる。顔を動かさなかったのは意地だ。だがしかし。
「うっせーな。何騒いでんだブレイ、ズ……」
  視界に入り込んだ紅色。レオンだ。お互い目が合い、そして目が点になる。
  時が止まったかのように、グリュンワルド以外の全てがピタリと動かなかった。
  それをアッサリ破ったのは、ピタリとしていなかったグリュンワルドである。
「レオンか。どうだ、美しく出来ているだろう。髪質が姫のものと似ているからな、ブレイズを練習台にしたんだが」
  顔の左側に寄せた銀髪はふわふわと纏められている。そこに真紅のリボンを編み込んで、薄桃色の花と白いビーズで彩った。
  さながら物語に出て来る乙女の様な髪型である。
  だがそれをされた人物は男であり戦士であり、光を操る協定審問官。
  そしてレオンから返事はない。
  ただの笑い袋の様だ。
  ……ではなく。
  レオンはブレイズを指さしブーッ!!と噴き出すと腹を抱えて笑い始めた。
  しまいには立っていられなくなり、うずくまった状態で笑い続けている。
「ブッ、ブレッ……! ブレイズ、てめっ……俺を笑い殺ッ……ハハハハ!!!」

  瞬間、じっとしていたブレイズが勢い良く立ち上がった。

「あ」

  折角飾り付けた花が、ぽた、と落ちた。
  グリュンワルドがそれを視線で追っていた間に、ブレイズがレオンに斬りかかる。
「その口を切り落としてやろうか!!」
「テメェいきなり何すん……ブッ! 止せ止めろ、至近距離でその髪型は破壊力が……!!」
「貴様ッ……!! 我が光の中で朽ちるがいい!!!!」
  その髪型で言ってもギャグにしかならんな。

  そう思いながら花を拾い上げ、さて、姫はどこかなとスタスタ去ったグリュンワルドだった。

  2人の勝負の行方?  知らん。



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