『それではパーティースタート! ホドホドにハシャいじゃってよし!!』
クリスマスダンスパーティー開始が、生徒会長の声で高らかに告げられる。
開始コールの前に全員でワルツを、その後はフリータイムだ。
並べられた食事を食べるも良し、パートナーと踊るも良し、躍りたい相手と好きに踊るも良し、雑談するのも良し。
公序良俗と法律に引っかからなければOKなのだ。
だから、好きに動いているものが多い。
3年生では毎年恒例となっている、同姓と踊るワルツが始まっていた。
いつから始まったのかわからない、おかしな楽しい恒例ワルツ女子は女子と、男子は男子と組んで踊るそれ。
白いドレスを着た女子が、黒のタキシードを着た男子と踊るのではなく。
踊っている生徒達は、クリスマスの空気も手伝って、弾けんばかりの明るい笑顔で踊っている。
それを見た2年生や1年生も真似をし、教師達もその輪に加わった。
中にはワルツには見えないヘンテコダンスを披露しているペアもいる。
『同姓とのおふざけワルツ』はクリスマスダンパの影の主役、おフザケ要素満載のプチイベントでもある。
しかし、それをカルロは真面目に踊っていた。
タキシードの裾がひらりと動いて絵になる。
他の生徒達と一緒に楽しんでいるようでも笑顔の下は『必死』の2文字。
カルロと一緒に踊っているクラスメイトの少年は、長い付き合いでカルロが笑顔の下で必死になっている事に気づいている。
小さな声で、口を大きく動かさずに訊いた。
「おい、カルロ。いつまで踊ってる気なんだよ」
「周りが冷めるまで。訊くなよ! ワケくらいわかるだろセタ!」
カルロも口を大きく動かさず小さな声で答えた。
それにクラスメイトの少年セタはやれやれと溜息をつく。
「オレ達男からすりゃ、スンゲー羨ましいんだけどねー。ちょーハーレムじゃん? お花いっぱい」
「お前はあの恐さを知らないから、そんな事が言えるんだ。1度、アノ女子に囲まれてみろ…」
恐い話を聞かされている時のシュバルツのような顔になる。
が、すぐに周囲の視線を気にし、笑顔を張り付けた。
踊っている2人…正確にはカルロを見つめている女子が周囲に大勢いるのだ。

去年のクリスマスダンパで、開始を告げるワルツを踊り終えたカルロは、すぐにセタと一緒に食べ物の所へ行った。
踊るのは嫌いではないが、色気より食い気が勝ったお年頃だ。
お互い別れて食べ物を物色していると、気が付けばカルロは女子に囲まれていた。
整った容姿と飾らない性格、『王子様』と言うキラキラした肩書き。
秘かに想いを寄せる女子は、それなりに存在していた。
それが『クリスマス』と言う特別な空気によって、表に顔を出してきたのだ。
一斉に。
そしてカルロは囲まれた。
目に尋常でないキラキラ感をたたえた女子達に。
遅れてそれに気づいたセタからすると、その時の状況は「ハーレム」だったらしいが、
囲まれた本人であるカルロからすれば「山姥(やまんば)軍団に囲まれたちびっ子」の気分だったらしい。
女の子を「山姥」と一緒にすんなとセタは笑うが、まあ、それだけ恐ろしかったのだろう。
「護衛が呼んでる」と嘘をついてテラスまで引っ張って助けたカルロは、しばし放心状態だったが、やがて涙目になったのだ。
恐い話は平気なのに、どうして女の子に囲まれるのは怖いのか、セタには全く理解出来なかった。

「でもよ」
「な、なんだよ。あんま話しかけるなって…気付かれたらどうするんだよ」
「マジでさ、いつまで踊ってるんだよ。このままじゃ疲れるしさ、オレとお前がチョンチョコリンだと思われンの嫌だしよ」
「……………『チョンチョコリン』って?」
「ああ、デキてるって事だよ」
「冗談じゃない…!」
「だろ? オレもヤだ。だから、頃合いを見計らって食べに行こう、な? 健康男児が食べないでどうする」
「そりゃそうだ、腹減って来た。肉食べたいしな」
「じゃ、抜けよう」
カルロが納得した瞬間、セタがパッと笑顔になった。
カルロの手を離すと、食事が並んでいるテーブルへ向かって、一目散に駆け出す。
「今かよ!?」
突然走り出したセタの後を、カルロは慌てて追った。
ボケッとしていたらまた女子に囲まれる!と言う危機感があったからだ。
実際、女子の視線を痛いほどに感じる。
必死の形相で、食事が並んでいるテーブルまで走る王子殿下の姿は、女子生徒だけでなく職員にも注目されていた。

++++

何しているのかしら。
チョチョコリーナは、必死に走っているカルロを見ていた。
原因はわかるが、あそこまで必死になるものかしらと不思議になる。
上手くさばいて逃げればいいのよ、護衛が呼んでるからとか言えばいいのに。
チョチョコリーナはパートナーの少年と最初のワルツを踊り、その後同姓ワルツを楽しみ、そして現在はクラスメイトとお喋りしながらデザートを物色中だ。
肩にかかる髪はアップにされ、そこに花が飾られている。
赤茶色の髪に、ふわっとした白い花が栄えた。
白いドレスと花が、清楚で可愛らしい印象を与える。
「あ」
視界にプリンが入り、思わず手に取る。
その時一緒にお喋りしていたクラスメイトが、肩をつついてきた。
「何?」
「ね、カルロ先輩ってまだフリーでしょ?」
「あー、そーね」
適当に答えてプリンを一口食べる。
さらっとした甘さが広がって美味しかった。
「何よ、そのどーでもいいな答え方! フリーなの? どうなの?」
「あぁ…彼女出来たとか言ってこないから、フリーなんじゃないかしら?
今の所、彼女がいるって感じはゼロよ。誰かさんみたいに、クリスマスプレゼントどうしよーって騒いでなかったから」
それを聞いたクラスメイトが笑顔になる。
両手を胸の前で組んで、頬を朱に染めた。
「じゃ、望みありって事ね!!」
それにチョチョコリーナは曖昧に微笑んだ。
今のカルロは色気より食い気、花より団子である。
オマケに団子より怖い話が好きだ。
実際『視』えるし。
カルロのクラスメイトの女子とは違い、遠くから離れて憧れの視線を向ける女子達は、カルロの怪談好きを知らない。
それを知ったらどんな顔するのかしら、と思った。
悪戯っぽい笑みを浮かべて、彼女に小さな声で訊く。
「なぁに? 今日、告白するの?」
途端、真っ赤になった。
「やだっ! 出来る訳ないでしょー!!」
何言ってるのよもーヤダヤダ恥ずかしー、と彼女が小声で騒ぐ。
チョチョコリーナがごめんごめんと謝ると、落ち着きを取り戻した彼女がフフンと笑った。
頬はまだ赤い。
「そう言うチョチョコリーナはどうなのよ?」
「何が?」
プリンをまた一口食べる。
「さっきのパートナーよ。あなたにゾッコンです!って顔して躍ってたじゃない。告白してくるわよ〜きっと!」
「うーん…」
「あら。その気無し?」
「えぇ。無いわ」
それを聞いた彼女が目を丸くして肩をすくめた。
「ワォ、かわいそ。切ないクリスマスになるわ〜」
「そーね。で? そう言うあなたは告白するの? しないの?」
チョチョコリーナはニヤリと笑う。途端、また彼女が真っ赤になった。
「やーだチョチョコリーナってば、も〜!!」
「ごめんごめん!」
きゃっきゃと楽しそうに笑う。
彼女が少し離れた所にあるケーキを取りに行くというので、ついていった。
告白はされたくない。
告白されたいのは1人だけだけど、もう随分前にフラれてしまった。
その訳を思い出して一瞬落ち込むが、今食べたプリンの味を思い出して一蹴する。
クリームもさくらんぼも飾っていないシンプルなものだったが、本当に美味しかった。
手元にある空になったプリンの皿を、元の場所に「ご馳走様でした」と笑顔で言って返す。
プリンが好きなあの人は今どうしてるのかしら、また会えるかしら、と思いながら。

++++

「シグナルいいな〜。校長先生と踊れて〜」
オカリナとシグナルは、ジュースを持って壁にもたれ、皆が踊っているのを見物していた。
2人とも仲良く開始のワルツを踊り、同姓ワルツを少し楽しんだので、休憩タイムを満喫中。
シグナルはオカリナの言葉に苦笑する。
オカリナの視線の先にはふわふわとした立派な白い髭をたくわえた老人が、女性教師と楽しそうに踊っていた。
年齢を感じさせない動きは、その老人…校長先生を若く見せている。
シグナルはその動きに感心しつつも、一緒に踊った時を思い出す。
思いきりグルグル回されて驚いたが。
「うん、面白かったよ」
「へー。じゃ、来年狙おうっと」
シグナルは首を傾げる。
「? 今誘いに行かないの?」
オカリナがコクンと頷く。
髪を飾っている白いレースのリボンが揺れた。
「校長先生はね、『いいな』とチェックした生徒10人までとしか踊らないのよ。他はきまぐれ。で、シグナルで10人目だから、狙うなら来年なの」
「へーえ。何だか、おみくじみたいだね」
「うん。…ところで、あのね、シグナル」
「ん?」
「これ、あげる」
そう言って差し出されたのは、長方形の細くて白い箱。
綺麗にラッピングされていて、箱を包む白い包装紙を、赤と緑のリボンが彩りを添えている。
シグナルはきょとんとしてオカリナと箱を見た。
オカリナはシグナルの方を向いてはいるが視線はあちこち泳いでいる。
頬は少し赤い。
「シグナル人参好きだけど、ナマモノは止めた方がいいかもと思って。…あの、それ、プレゼント」
「…開けていい?」
膨らむ期待は、照れくささから心の奥に押し込んで訊く。
オカリナが「うん」と頷いたので、シグナルはいそいそとリボンを解き、白い包装紙を破かないように丁寧に取った。
それを見ていたオカリナは、早く中を見てもらいたくて、「破っちゃってもイイのに」とこっそり思った。
けれど同時に、中を見てガッカリされたらどうしよう、と言う不安もよぎる。
解いたリボンは左手の親指と人差し指の間に挟み、包装紙は脇に挟んで、箱の蓋を外した。
包装紙と同じく白い箱の中には、2本の紐があって、色は黒。
紐の裏側には白くて細かい模様があり、よく見るとそれが魔法文字でお守りの言葉を刺繍したものだとわかった。
「…靴紐、かな?」
正解?とオカリナを見ると、オカリナが頷いた。
頬はまだ赤く、目は緊張している。
シグナルが何か言おうとしたら、オカリナは慌てて喋りだした。
「それを靴紐にするとね、走っていて転んだり、崖から落っこちてもかすり傷で済んだりするんだって!
足関係の災いから守ってくれる、ってお店の人が言っていたの。
多分本当よ、記事にされた新聞とか置いてあったし…!」
シグナルはくすくす笑い出す。
自分が「困った」とか「どうしよう」って感じないか、そう言う不安があったんだろうなと。直感でわかったから。
片手にリボンと包装紙、もう片方の手に靴紐の入った箱を持って笑う。
「ありがとう。凄く嬉しい」
そう言って、オカリナの頬に軽くキスをする。
オカリナが真っ赤になったが、シグナルが嬉しそうに笑っているのを見て、照れくさそうに微笑んだ。
シグナルは「お花みたいだ」と思ったが、恥ずかしいので黙っていた。

++++

「あら、嬉しそうですね。校長先生」
2階から1階で踊る生徒や教師達を見ていた年輩の女性教師は、校長先生が浮かべている笑顔に気が付いて笑う。
先程まで若い生徒達と一緒にダンスをお喋りを楽しんでいた為、2人とも頬は楽しそうに紅潮している。
校長先生は椅子に腰掛け、階下の様子を見ていた細い目を、ますます細めた。
「そりゃ、クリスマスですからねえ。それに、見てご覧なさい。見事なものですよ」
穏やかに下を指差され、女性教師は手摺りに両手を置いて、1階を覗く。
校長先生は立ち上がって、女性教師の隣りに並んだ。
生徒達が楽しそうに踊っている。
弾むような笑い声や、話し声が静かに聞こえてくる。
それを見ていた校長先生は、心から嬉しそうに笑っていた。
何事か女性教師に言った後、しわの多い、細い手をそっと差し出した。
「踊りませんか? 可愛らしいお嬢さん」
「あら。お上手ですこと」
女性教師は、少し照れたようだった。



ほら、素敵でしょう
とびきりのお洒落をした女の子達が踊る度に、白いドレスの裾が、ひらひらと躍る
まるでお花ですよ
素敵ですね
クリスマスにだけ咲く、白いお花です
素敵です とても



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