朝から、いや、その数日前から魔界は騒がしくなる。
子供を持つ母親は、我が子と一緒に「どんな衣裳が良いか」と頭をひねる。
レストランを経営している者達は「メニューで驚かすには何が良いか」と眉間にしわを寄せる。
魔法使いは「とにかく派手なやつを!」とニヤニヤする。
それは人間も幻獣も同じで、お祭り好きの精霊達も騒がしくなる。
暖炉の火が何度もパチッと跳ねたり。
優しくはないが激しくもない風が何度も木々を揺らしたり。
湖の水面が渦を描いて小さな噴水を起こしたり。
魔族が住む森は、普段は静かで欠片も感じさせない気配を、嫌と言うほど感じさせる。
森を通る人間にわざと声を聞かせたり、空間を魔法でいじってすぐに出口へ連れて行ったり。
森に近づく子供達に魔法を見せたり。
まるで悪戯。
そして当日。
子供達は午前中は仲良しの友達と遊び、夕方の何時に何処で待ち合わせだよと約束して、ウキウキと家に帰る。
レストランを経営する者は万全の準備をしているが不備はないかとソワソワする。
魔法使いは「やっぱりもっとド派手にした方がいいかな」と、また思案する。
普段は一部の者にしか視えない精霊や幽霊が、その日は何かの関係で誰にでも視えるようになる。
そして魔族が街へやって来て、普段は森の奥や動物の姿の奥に隠している姿を見せる。
日付は、10月31日。
ハロウィンの日だ。
++++
ゆっくりと流れていく雲の隙間から、街の灯りが見える。
米粒より小さいその灯り。
例えるなら荒い塩の一粒より一回り小さいような。
祭り特有の明るい空気と喧噪がある街の、大地より遥か上空の雲の上に4人の魔族がいた。
四人全員の額に真紅の痣がある。
額にある痣の形は全員同じ。
魔族達が無条件で愛し慕う存在、魔王の証。
「始めましょう」
そう言ったのは、長く豊かな髪を持つ女性魔王・アリュエス。
彼女は両手を前に出す。
手の平を上にして。
同じ事を他の3人もやった。
「光が満ち、影が満ち、月が満ち、魔が満ちる日よ」
誰かが詠唱する。
その後に誰ともなく、自然と声は続いた。
「我らが血潮の一欠片を、この地に住まい、生き、逝く者達へ与えよう」
「光のように照らせ。影のように包め。月のように安らぎを。魔のように魅せよ」
4人の手の平に、周囲に、フワリフワリと大小様々な光が現れる。
虹のような、数多の色。
「この地に住まい、この地を愛し、生きる者達へ捧げよう」
最後の詠唱を誰かが言った。
全員が目を合わせ、それぞれの笑顔を浮かべる。
明るく、優しく、穏やかで、静かな。
光の量はどんどん増えていき、4人を明るく照らし出す。
「「「「光と月と星よ、万の欠片となって降り注げ。我らが愛するこの世界に」」」」
光が、 弾けた。
++++
「毎年思うのじゃが、絶景じゃなー!」
リヴァーマンスがニコニコと言う。
暗い原っぱの中に小高い丘があり、東西南北の魔王が全員揃って座っていた。
皆、空を見ている。
視界の邪魔になるような背の高い建物はない。
あるのは視界いっぱい広がる原っぱだけ。
先程、自分達の周囲を取り囲み照らした光が、四方へ流れ星のように絶え間なく空を走っている。
途中、光の筋から幾つもの粒が飛び出して、そこから下へ降り注いでいるのも見えた。
あれを『光の雨』と言いだしたのは、人間だったような気がする。
魔王達はそれに名前を付けていなかったが、人間が名付けてから魔王達もそう呼ぶようになった。
白や桃、水色、紫など、様々な色に絶えず変化しながら流れ、降り注いでいる。
微かに聞こえる魔族達の声に、アリュエスは薄く笑う。
人や幻獣、精霊など、魔族以外には決して聞く事の出来ない「声」。
歌のようで、風のようで。
自然と耳に入ってくる。
「みんな、喜んでるみたいね」
あの『光の雨』には魔王の精気が含まれている。
魔族達はそれを吸収して1年過ごすのだ。
それを吸収しておけば、そう頻繁に腹は空かないし、動物を狩った後の食事や植物から吸収する必要もなくなる。
1年過ごすのに充分な精気が、あの雨には含まれていた。
「けどコレ、結構いいわね」
アリュエスの手にはほかほかコロッケ。
バハムートが『光の雨』を降らせる前に街で買ってきたのだ。
リヴァーマンスが食べてみたいと言ったのが買った理由だが、今は4人で仲良く分けて食べていた。
バハムートは黙ってコロッケを食べていたが、呑み込むと一言だけ言う。
「ん、美味い。また後で買うか」
「え? どーして?」
「レディナ達への土産だ」
「成る程のぅ。儂も買おうか……」
「また買ってこようか?」
「良いのかッ!?」
「あ、あぁ」
「おぉ〜…!! バハムートは良い奴じゃの〜」
リヴァーマンスに真っ直ぐな目で言われ、バハムートは一瞬驚くが小さく笑った。
「ロゼウスが、リヴァーマンスくらい素直だと良いのだがな」
その呟きに、アリュエスが笑う。
「あら。まだアレなの。ええと…情緒不安定?」
「うむ。この時期のロゼウスは、まるで反抗期を迎えた子供だ」
その言葉にジゼルがぷっと吹き出した。
その為にコロッケが変な所へ入り、むせる。
アリュエスから貰った酒でコロッケを流してから、やっと喋った。
「反抗期って……あのロゼウスがぁ? 情緒不安定とやらになるだけでしょ。考え過ぎだよ」
「しかし、私とあまり話そうとせぬし、目は合わせないし、やたら避ける」
「ほほ〜、それを反抗期と言うのじゃな。うちのユークレースとは反対じゃ…やたら見てくるし突撃してくるし…」
「思い切り違うわよリヴァーマンス」
「えッ、違うのか? では反抗期とは一体…」
「自分で調べなさいな」
「それもそうじゃな。……じゃがバハムート、そんなに気にせんでもいいかもしれんぞ?」
リヴァーマンスがニッ、と笑う。
「何にせよ、ロゼウスの中身は変わらないじゃろ」
「そうだな」
星と星の間を流れる『光の雨』は、流れながらその色を変化させて降り注いでいる。
黄色かと思えばオレンジから赤へと見事なグラデーションを見せる、その光。
1年に1度の、魔王達の共同作業。
「あ、そうだ」
呟いたのはジゼルだった。
手にある杯を、スイッと前に出して笑う。
「また1年、よろしくね」
3人は一瞬だけ驚いた顔になるが、すぐに笑みを浮かべ、同じように杯を前へ出す。
「「「こちらこそ」」」
静かな原っぱに、杯が当たるカチンと言う音がした。
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