黒いトンガリ帽子を被った老女。
箒の柄にランプを引っかけ、建物の間を飛んで行き来する少年達。
玩具の木馬がパカポコ走っていてそれを必死に追いかける子供達。
半透明な人物や動物、または骨が通りを闊歩する。
幽霊は、すれ違う相手の身体をうっかり透けて通ると、頭を下げて「失礼」と言う。

それが、魔界のハロウィン。

色んなものが、祭りを楽しむ。

++++

「すっげー…………」
カルロが、目を皿のようにして呟く。
普段はカルロがそんな言い方をすれば「すげーじゃなくて凄いでしょ」と言うオカリナも、同じように驚いていた。
チョチョコリーナは興味深そうにキョロキョロしている。
そんな子供らの頭を、シュバルツが撫でた。
長い黒髪は「すれ違う人のボタンに引っかからない為に」ポニーテールになっている。
「あんまキョロキョロしてっとスリのカモにされっからなー、気を付けろよー」
「「「はーい」」」
揃って返事をする3人。
しかし、初めての場所は初めて見るものが多いからキョロキョロしないのも難しい。
「魔界って面白いね…」
オカリナが呟いた。
その頭には、ピクピク動く真っ白な猫耳。
尻尾もあって、それがユラユラ揺れている。
オカリナの言葉になぜか目をキラキラさせて頷くカルロは、さっきから幽霊を目で追っている。
カルロは海賊の格好をしていた。
チョチョコリーナはオカリナと同じように猫耳と尻尾。色は山吹色だ。

それらの猫耳や海賊服は、魔界へ来る前に付け(着た)のだった。

人間界と魔界を行き来する際に使う、『扉』には色んな物を使用する。
それが何であれ、それらは『扉』と呼ばれ、2つの世界を繋げる、その名の通り扉の役割を果たす。
そして『扉』を通過するとホラ魔界…ではなく、ホテルのロビーのような広大な場所で「誰が」「どこへ」「何をしに」行くかチェックされる。
つまり関所と同じように。
問題なければ魔界へドウゾ、だ。
それにかかる時間は5分もしない。
けれど魔界のハロウィン観光の場合、そこで「仮装されますか?」と訊かれる。
衣裳レンタルの料金は安い。
後で仮装したいと言う人には宿へ衣裳が届けられるサービス付き。
だからそのサービスを利用する観光客は多く、子供達もせっかくだから利用した。
その結果が、猫耳やら海賊やら。

選ぶのに時間かかったけども別にイイんだけどよー、とシュバルツは改めてオカリナとチョチョコリーナを見た後、カルロを見る。
カルロは海賊服。
叩くと色が変わる帽子に青を基調とした服。
帽子は今、真紅だ。
右目には眼帯。
魔法がかけてあるので、眼帯をしていてもちゃんと見えるのでコケる心配はない。 けれど。
「カルロ。お前、自分の写真撮っておかないと駄目だぞ」
「え、何で俺」
「土産だよ。王様とかにさ。それに下さいってヤツいっぱいいんだろ、城には」
「あぁ、そっか」
カルロが納得するが、オカリナとチョチョコリーナは意味がわかっているので苦笑い。
その様子を見たシュバルツは、明るく笑う。
「取り敢えず、どっか行くか」
シュバルツの言葉に、子供達の目が輝く。
シュバルツはニヤリと笑い、しゃがんで目線を合わせる。
「魔法省本部前の広場が一番面白いんだぜー。美味い店も多いしな!」
「おぉー」
食べ盛りのカルロが思わず声を上げる。
オカリナが興味津々と言った目で、シュバルツの袖を引っ張った。
「魔法省本部ってどんなの?」
「本部だからなー。他にはいない特別捜査官や、魔法に関するありとあらゆる知識と技術の宝庫! あと外観がカッコイイんだあそこ」
「外観?」
チョチョコリーナが訊く。
チョチョコリーナの疑問に反応してか、猫耳がピクリと動いた。

どうして外観?

それは、行ってすぐに理解する。

++++

「カッコイイ……」
チョチョコリーナが思わず言う。
魔法省はミプロスにもあり、子供達も見た事がある。
が、それは何というか、「省」と言う感じがする洋館だった。
けれど本部はそうではなかった。
まず、入り口の門に『魔法省本部』と書かれたプレートが無い。
次に門から建物の扉へと続く道の両脇に向き合う形である、馬にまたがった騎士の銅像(さっきから喋っている)がいる。
教会もしくは城と思ってしまいそうな、そんな荘厳華麗な外観だった。
「まるで教会と城が合体したみたいだな……元が教会で、それを増築したとか?」
カルロは後ろに立っているシュバルツに訊く。
「いんや。何か魔法省創立者がこう言うの大好きで? 確か教会・城フェチ? まぁいいや。まあとにかくその創立者がこう言うのにしてくれって言ったからこうなったらしい」
「……………外観のカッコ良さブチ壊すような話だな」
「あっはっは、世の中そんなもんだ」
「でもカッコイイね。本当に教会みたい。中、どうなってるんだろ?」
「そう言われると気になるわね…」
オカリナとチョチョコリーナはじぃっと魔法省を見る。
「聞いて喜べチビッコ共! ハロウィンの日は、魔法省の中って公開されてるんだよ。てな訳で、中に行こうか!」
「えっ本当!?」
「やったぁ!」
2人が目を輝かせた。
その様子を見てカルロは魔法省を見る。
自分も中に興味はある。
が、この格好で行くのか……と思うと何だか恥ずかしかった。
仮装は良いけれど、その格好で中へ、と言うのが恥ずかしい。
そう思っていると、それを見透かしたのかシュバルツに背中を叩かれた。
「平気だって。中は仮装している人多いから。職員だって仮装しているぜ?」
「え、まさか」
「いや本当。あ、あいつ出てるかな…」
「あいつ? 出てる?」
何それ、とカルロに目で問われるが、シュバルツはカルロが被っている帽子をポンと叩く。真紅から黒になった。
「会えばわかる。じゃ、行くか」

++++

入ってすぐの場所は、教会の、あの椅子がズラーッと並んでいる所のようだった。
ただ神聖な像が置かれていそうな所にはカウンターがあり、それは受付となっていた。
横に広がるカウンターがあり、そこでは何人もの仮装した職員が、見学に来た一般人や仕事に来た人の対応で賑やかだ。
中にはカボチャを被った男性が、学生らしいグループを案内しに行くのも見えた。
「凄い……職員が仮装だなんてミプロスじゃ無かった………いいなぁ」
「そこにビックリかよお前…。でもまぁ、人間界から来た奴らは大体そう言う感じだな。別に仮装くらいイイと思うけどな俺」
「そうもいかない事情があるのよ、きっと」
「んー。じゃ、俺らも受付に名前書きに行かないとな」
「えっ…書くの?」
オカリナがドキッとしている。
カルロとチョチョコリーナもだ。
それを見たシュバルツは笑い、小声で言う。
「王族だからってスゲエ特別扱いはされねぇよ。何かあるとしても、私服捜査官がさり気な〜く守ってくれる程度だし、名前を大声で言ったりなんて事有り得ないからな。それにホレ、名前を書くのはあの隅っこの方だから、他の奴らに見られる心配はゼロ。どうだ?」
シュバルツの言う通りだった。
受付からは少し離れた所で、初老の夫婦が記名しているのが見えた。
あれなら名前を見るのは職員だけで、他の人に見られる心配はない。
チョチョコリーナはシュバルツに笑いかける。
「OK。あれなら大丈夫」
「よし。じゃ、行くか」
子供達が先に、その後ろを守るようにシュバルツが行く。
精霊がいるので目立った事は目立ったが、オカリナ達は父のように新聞に顔が出ていないから、あまり顔を知られていない。
それを今、とてもありがたいと思った。
ソワソワとした様子でカウンターへ行くと、記名受付の青年に、ニコリと笑いかけられた。
灰色の制服を着て、左腕にカボチャが描かれた黒い腕章をしている。
その人はコレと言った仮装をしていなかったが、やたら目立っていたのは頭からピョンと出ている、二対の蝙蝠の翼。
小さなソレが、時々パタパタと動く。
男性が子供達の視線に気付き、自分の頭から栄えているそれを指差した。
オレンジ色の垂れ目が笑う。
「あ、目立ちます? いやー何かしら仮装しなきゃならなくての苦肉の策なんですよー。ようこそ魔法省本部へ。御名前はこちらにどうぞ」
「あ、はい」
「えーと、俺も名前書くの?」
「いや。精霊さんは書かなくても大丈夫ですよー。あぁ、でも一応、御名前を教えて下さい」
「あ。シュバルツって言います」
「ありがとうございます。じゃあ次は君かな? はい、ペンをどうぞ」
「あ、どうも…」
青年はにこやかにシュバルツと言葉を交わし、カルロが書いた名前をサッと読んで、ペンをオカリナに渡した。
その様子に変わった所はなく、子供達は本当に特別扱いされなくてホッとしていた。
のんびりしたいから、王族だとバレたくないのだ。
バレたら自由にあちこち観光出来なくなる。
オカリナは名前を書き終えるとチョチョコリーナにペンを渡し、チョチョコリーナはさらさらと名前を書いていく。
「今、お客様ご案内サービスと言うものをやっているんですよ。省内を本部職員が無料で案内すると言うもので…ご利用になりますか?」
「へー、そんなのあんのか……どうす…る……」
シュバルツが一点を見てピタリと止まる。
キョトンとしたその様子に子供達はすぐに気付いて、シュバルツと同じ方向を向いたが、子供達はギョッとした。
青年と同じ制服を着て同じ腕章を付けている、白い銀髪に青い目の、前に会った人に良く似た青年がやって来たからだ。
垂れ目の青年が彼に声を掛ける。
「あ、セイレム。終わりました?」
「終わった終わった。よっ、シュバルツ」
「あぁ知り合いでしたか。ごゆっくりどうぞー」
垂れ目の青年は別の訪問者の元へパタパタと駆けていった。
そして青年がいた所へ、シュバルツと知り合いらしい青年が入る。
「で、観光に来たのか?」
「あー…いやぁ、うん、観光だな。コイツらの保護者なワケ」
「あ、成る程」
セイレムの青い目に見られて子供達はまたギョッとした。
それにセイレムが気分を害した所はなく、逆に笑われる。
「初めまして小さなお客様。僕はセイレム=スヴァンホルム。見ての通り、あのシリウス=スヴァンホルムの兄弟です。3つ子のね」
シリウスとそっくりな顔の、けれど全く違う明るい表情で彼は言った。
「以後、お見知り置きを」

++++

セイレムに先導され、4人は本部の中を歩いていた。
時々すれ違う人がセイレムをチラチラ見るが本人は気にしていないらしい。
運動場や鑑識課の様子を見せて貰ったが、子供達はずっとカチコチしている。
既にシュバルツとセイレムが「高校からの友人」で「シリウスとは3つ子の兄弟」と言う事は教えてもらったのだが、それでも何だか緊張する。
特別捜査官に敬語で話されると尚更だ。
王族である自分達に敬語を使うのは当たり前だが、なぜか緊張する。
「あぁ、まだコッチに来たばかりですか…じゃあ、あまり色々見ていない?」
「そ、そうです。街の様子を見ただけで…まだ…」
「はぁ……お前ら、そんなガチガチにならんでも……」
シュバルツがカルロの頭をガシガシ撫でるが、カルロはそれを止めさせる様子もない。
それくらい、セイレムが気になりカチカチになっているのだ。
因みにカルロが被っていた帽子は今、シュバルツの頭にある。
ちょっと貸してもらったのだ。
と言っても、ただ被って、気が向いた時に叩いて色を変えているだけだが。
セイレムは子供達に気付かれないようにチラ、と見てから言う。
「僕はシリウスと同じ顔ですからね。初めて会った人には大抵驚かれますよ。笑わないで、凄く真面目な顔をすれば同じじゃないですか?」
確かに、と3人は思った。
シリウスは真面目、セイレムは軽快と言う印象だ。
「ほら、シリウスってこう言う顔でしょう?」
そう言われて子供達はセイレムを見る。
にこやかな表情は、何を考えているのかわからない真面目で静かな表情に変化していた。
それを見た子供達はポカンとする。
髪型と痣と服装を変えれば、見分けがつかない。
が、シュバルツは少し怒った。
「おいセイレム止めろって。コイツらで遊ぶなっての」
「遊んでない遊んでない、誤解。ところで殿下達は、魔界にはいつまで?」
「あ…日帰りです。22時に向こうへ帰ります」
答えたのはチョチョコリーナだった。
それを聞いたセイレムは、ふん、と何か考える。
「『光の雨』をどこで見るか、既に決めていらっしゃいますか?」
「まだです、けど…」
カルロは何だろう、とオカリナと顔を見合わせる。
シュバルツもセイレムが何を考えているのかわからず、セイレムをじっと見た。
セイレムは自分の腕時計を確認すると、子供達を見る。
「もしよろしければ、『光の雨』がよく見える所へご案内させていただきたいのですが」
「えっ……」
オカリナが小さく声を上げ、カルロとチョチョコリーナを見る。
2人とも少し迷っている様子だったが、それでも目には「行きたい」とあった。
魔界のハロウィン名物『光の雨』。
魔王達が21時丁度、魔界のどこかで降らせ始めるそれは、流れ星や雪や雨のように魔界全土へ降り注ぐ光。
人間界では決してみられない、とても綺麗で、幻想的な光景と言う。
オカリナはセイレムを見る。
「あの…お願いします」
セイレムがホッとしたように笑った。
それが綺麗で、子供達は何だか照れ臭くなる。
「良かった。では、付いて来て下さい。もうすぐ21時になってしまいます」

++++

案内されたのは、最上階近くにある、バルコニーのような場所。
外へ出るとやはり寒く、子供達は一瞬震える。
けれどシュバルツが何かしてくれたのか、寒さはすぐに和らいだ。
僅かに風が吹き、髪を揺らす。
風の変化に、カルロが気付く。
「何か……空気が変わってる…?」
「間もなく魔王達が『光の雨』を降らせる予兆ですよ。その時は、必ず、空気が変わる。原因は、今もわかっていないんですよ」
セイレムの目が遠くを見ているように感じて、オカリナも遠くを見る。
広がる街並みの、ずっとずっと遠くの方は暗闇と同化していて見えない。
けれど時々、街の上を箒に乗った誰かが飛んでいったり幽霊の行列がズラズラと練り歩くので退屈しなかった。
空気が冷えていて油断するとくしゃみが出そうだが、こう言う楽しいものが見えるなら悪くない。
「そう言えば…『光の雨』って、どうして降る時間が決まっているんですか?」
チョチョコリーナが訊く。
「あぁ。それは、魔王達が決めたらしいですよ」
「魔王達が?」
「えぇ。自分達が降らせているものを、そんなに楽しみにしてくれるの者がいるのだから、彼らの為にも時間を決めて降らせよう、と。何時かわかっていれば、降った時に慌てずに、ゆっくり見られますから」
「確かに……いきなり降り出したら、ビックリしてしまいますよね」
チョチョコリーナが苦笑する。

話を聞きながらずっと遠くを見ていたカルロは、何かがチカッと光ったのに気付く。
「ん?」
「どうしたカルロ?」
「今、何か光った…」
上をじっと見つめるが、星しか見えない。
しかしセイレムはわかったようで、ニコリと笑む。
「じゃあ、もうすぐ来ますよ」

『来る』?
子供達は首を傾げる。
それと同時に、空が一際明るくなった。

瞬間、魔法省本部周辺を、爆発のような歓声が包む。
子供達はそれに驚き、体を震わせ目を閉じた。
けれど、閉じている瞼を何かが照らしている。
何なのか気になって、そっと目を開ける。

開けた目に映った光景に、息が止まりそうなくらい、驚いた。

「凄い……」

空には流れ星のように。
街には雪のように。
遠くには雨のように。
数多の色の、光が降り注いでいた。



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