ミプロス城下にある『魔法道具・喫茶店 エグザ』は、いつもより早い時間から、学校帰りの学生達で賑わっていた。
いつもは学校が終わる頃…放課後になってから賑わうのだが、ここ最近はダンパの準備だ何だで、学生達がやって来る時間はまちまち。
時には学生が1人も来ないと言う事もあった。
けれど今日はダンパ前だと言うのに、何故か学校が早く終わった。
その為に『エグザ』は早い時間から学生達で賑わっている。

そんな『エグザ』の隅っこに元気のないオカリナと、チョチョコリーナがいた。
チョチョコリーナはそれに加えて少し不機嫌そうで。
だが、2人とも出された紅茶はしっかり飲んでいる。
そこへエレナが盆を持ってやって来た。
銀色に光る盆の上には、小さめのドーナツが沢山。
エレナは長い白銀髪とライム色の目をした、肌の白い美人だ。
普段下ろしている髪は、邪魔にならないようポニーテールにしている。
一見人間の女性だが幻獣とのハーフである彼女は、ここの看板娘であり魔女だ。
オカリナとチョチョコリーナのいるテーブルにドーナツを乗せた盆を置くと、空いていた椅子に座った。
エレナは賑やかな店内をくるりと見ながら笑顔で言う。
「今日は学校終わるの早いのね。ダンパ前なのに、こんなに早くて大丈夫?」
「何か緊急の会議があるとかで、今日だけ早く終わったんです」
オカリナが口をドーナツでモグモグさせながら言うと、エレナはライム色の目を少しだけ丸くした。
「…結構早い対応ね」
「?」
何かに感心した様子にオカリナが目で問うが、エレナはにっこり笑っただけだった。
と、何か思いだしたように店内を見回す。
「そう言えば、シグナル君は?」
するとオカリナがしょんぼりとなったので、エレナは慌ててチョチョコリーナを見る。
チョチョコリーナは呆れたように溜息をついて、「色々とあったんです」と言った。
「?」
「シグナルが…リボン落っことしたって……」
寂しそうにボソッと呟かれた言葉にエレナが絶句した。
クリスマスの時期になると学生達から『あの子に渡したんだ』『あの人から貰ったの』とリボンの事を楽しそうに聞かせてもらっていたから、リボンがどう言うものなのか理解している。
オカリナを気遣うように見ながら、器用に紅茶を注ぐ。
「こ、これでも飲んで」
「…はい」
「リボンって男の子が女の子誘う時に出す…あの、リボンよね? 赤くて金色のラインがある。あのリボンを…その、シグナル君は…」
「落っことしたんです……」
「それで、先生に事情を説明して残って、時間が許す限り学校中を探すって言っていました」
チョチョコリーナの説明にエレナが納得する。

++++

ホールに走ってきたシグナルを見た時は、久しぶりに顔が見られたと言う嬉しさがあった。
けれど、それはすぐに変わる。
ポケットに手を入れた瞬間、シグナルはリボンを無くした事に気付き、青くなったから。
「絶対見つけて絶対誘うから…。もう少しだけ、待ってて。ごめんね、本当にごめんね」

++++

落とした事を告白された時、正直腹が立った。
どうしてそんなに大事な物を落としたの、と。
けれど、あんなに一生懸命謝って約束してくれた。
だから待とうと思った。
しかし、やはり待つのは非常に辛いし、あの時を思い出すとやはり腹が立つ。
と、エレナが勢い良く立った。
「二人にケーキ奢ってあげる! どう? 食べる?」
エレナの言葉に2人の目が輝いた。
「「いただきます!」」
「うん。女の子は元気じゃないとね」
エレナは明るくなった2人に満足そうに微笑むと、ポニーテールをゆらゆら揺らしてカウンターの方へ行く。
と、エレナが入り口の方へ手を振ったので、2人は興味を引かれそっちを見る。
入って来たのは黒髪と灰色の目をした少年で、エレナに軽く手を振り返した。
コートの下から国立高校の制服が覗いていて、彼も学生とわかる。
少年がエレナに何か訪ねるとエレナはオカリナ達のいる方を指差した。
少年は真っ直ぐオカリナ達の所へやって来る。
「お兄ちゃん」
「よぉ」
オカリナの兄と言う事だから王子と言う事なのだが、他の客達はそれを気にせず気軽に声をかけてくる。
カルロはそれらに手を軽く挙げて答えると、近くのテーブルにいた客に一言断ってから椅子を一脚借りて座った。
「どうしたのカルロ? 委員やってる人達はもう少し遅くなるって聞いたけど?」
「あー、その筈だったんだけどな。何か先生達が急に来て
  『君達早く帰りなさい! 今日はもう作業終わり!』
って言われたんだ。委員はもう少し居残り出来るって聞いたんだけどな…あ、一個いいか?」
「いいよ」
「どーぞ」
「サンキュ」
短くそう言うとドーナツを頬張る。
オカリナはドーナツを頬張るカルロをじーっと見ていたが、ふいに口を開いた。
「…ねえ……シグナルは?」
チョチョコリーナが気遣うようにオカリナを見た。
カルロは紅茶を飲んでドーナツを流す。
「まだ見つからなくってさ…もう少し探したいって先生達に言って残ってる。ここに来るの遅くなると思うぞ?」
「そっかぁ…」
「で、でもな、あいつ物探すの得意だから、すぐ見つけるんじゃないか…!」
しょぼんとなった妹に慌てて声をかけたカルロは、後ろにいた男性客から「この妹思いめ!」と冷やかされ、それに少し赤くなる。
紅茶を飲んで誤魔化すカルロに、冷やかした男性客が身を乗り出してきた。
「あ・そーだ。なぁなぁ、ちょっと聞きたいんだけどよ、イイか王子様?」
「?」
「いや、あのな、エヘへ…ダンパ前なのに短縮になったって聞いたんだけどよ…何で?」
「緊急職員会議が入ったとかで、生徒は全員帰宅だって聞いたけど…」
「っへぇー、そうなのかぁ……おい! 違うじゃねえかよこのタコ!」
男性は同じテーブルにいた男性を小突いた。
「信じるんじゃねえよ! ただの噂だろ、う・わ・さ!!」
「だぁってよー!」
「噂って?」
「おぅ王子!」
聞いてくれともう一人の男性が身を乗り出し、小さな声で言う。
「実は短縮になった原因は緊急職員会議じゃなくて、学校に魔物が入り込んだから…っつー噂を耳にしたんだよ」
「えっ」
「そんで生徒の安全確保のために短縮にしたって噂聞いたんだよ、この俺は」
「あら誰かしら。そんな噂流したの?」
明るさの中に僅かに怒気を含んだ声。
いつの間にかカルロの後ろにケーキを乗せた盆を持ったエレナがいた。
男性客2人は看板娘の登場に、照れたように笑う。
「いや、誰なのかは知らねえんだよ」
「そうそう」
「他にもお偉いさんが来るとかあってゴチャゴチャしてて」
「そうそうそうそう」
「ふぅん? でもね、魔物の話はここでしないでちょうだいね? せっかくの紅茶がイマイチになっちゃうから」
ニッコリと微笑んで言われた言葉に、男性客2人はポワワンとなった。
「はいケーキ。ごめんなさい、ショートケーキしか残ってなくて」
そう言ってオカリナとチョチョコリーナの前へケーキを置く。
2人が目を輝かせいる光景に目が行っていたカルロの前にも、ケーキが置かれた。
「あ、あの、俺ケーキ頼んでない…んですけど」
「奢りよ。ダンパ、頑張ってね」
笑顔で言われ、カルロはぺこりと頭を下げた。
そして視線を2人に戻すと、2人は幸せそうにケーキを食べている。
さっきまではシグナルの事でアレコレ悩んでたのに…と不思議に思いつつも、せっかくエレナが奢ってくれたケーキを堪能する事にした。

3人の様子を見ていたエレナは、カウンターの向こう、椅子に置かれたクッションの上で昼寝している黒猫を見る。
黒猫は視線に気付き、閉じていた目を開けた。
金色とエメラルド色のオッドアイをした、少し大きい、綺麗な黒猫だ。
エレナはしゃがみ込んで小声で言う。
「…まだ生徒が残っているみたい…伝えてくれる?」
黒猫はパチリと瞬きをした後、店の入り口の方へ消えていった。
その姿を真剣な目で追っていたエレナだったが、常連客が入って来たので何事もなかったかのように笑顔を浮かべる。
「いらっしゃい。何にする?」



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