冬の朝、空は白くて明るい。
けれど空気はとても冷たくて、ベッドはとても温かいから、朝はベッドから足を出す事さえおっくうになる。
頭まで布団を被ってベッドの温さを堪能していたカルロは、腕を伸ばして枕元の時計を取って見る。
針は6時半。
「…まだ余裕……」
幸せそうにそう呟いて時計を戻すと、ごそごそとベッドの中へ潜った。
と、その幸せそうな顔がムッとなった。
布団を引っ張るようにして寝返りを打つが、不機嫌そうな顔は治らない。
しばらくして、布団から顔を出すと、足の方をジロリと睨む。
「……何やってんだよ」
恨めしそうに呟かれた言葉に、足の方で布団をめくって立っていたシュバルツがニィ〜っと笑顔になる。
両手から布団を離すと、笑顔のまま、カルロの頭の方へ近づいた。
「な、な。訊きたい事あんだけど」
そう言って布団をめくってカルロの頭を見る。
入り込んできた寒気に、カルロは嫌そうに呻くと枕を顔の上にやった。
光が眩しいしシュバルツがうるさいからだ。
「っさいなぁ…寝かせろよ……まだ15分は余裕なんだぞ…」
「お、知らないのかぁ? そう言う油断から遅刻するんだぜ。いや、確かに今日は余裕か」
その言葉にカルロは顔の上にある枕をずらし、チラ、と見る。
「今日は、って…何で」
「ン? あ、あのな、訊きたい事ついでにお前の親父さんから伝言」
「父さんから? …何」
のそりと起き上がって、目を擦る。
途端大きな欠伸が出て涙が浮いたので、また擦る事になった。
シュバルツは立ち上がると、両手を腰に当てて「おぅ」と言う。
「今日の学校は午後からだとよ」
眠気が一気に覚めた。目をパチパチさせる。
「何で?」
「昨日学校に魔物が入り込んで専門家がやっつけたんだけど、汚染の心配があるかもしれないから、午前中は学校を綺麗にするんだと」
「魔物って…」
目を丸くするカルロに、シュバルツはしゃがみ込んで笑う。
「一応、何もなかったらしいから平気みたいだぜ?」
「そっか…」
カルロの安心した様子にシュバルツはにっこりと笑った。
が、その顔が悪戯っぽく輝いた。
「な、な。『エグザ』で男見なかったか?」
「は? 男? そんなの、毎日見る…」
看板娘のエレナ目当ての男性客。
今の所、告白する男もプロポーズする男も皆玉砕していて、不思議に思ったオカリナが
『どうして誰ともお付き合いしないんですか?』
と訊いたら、少しだけウーンと考えてから
『何か、好みじゃなくて』
と答えた。
もしかして、エレナの『理想の男性像』はトッテモ高いのかもしれない。
そんなことを考えていると、シュバルツが手をパタパタ振った。
「あー違う違う違う。訊き方がまずかったな。客じゃなくて、エレナちゃんと同じ色の髪した男」
カルロの目がキョトンとなる。
王族とは言えまだ17歳で、あどけなさが残る表情。
そのままシュバルツを見ていたが、首を横に振った。
「いや、見てない。何で?」
「おー、コレ言っていいのかわかんないけど、ちょこっとだけ俺言うわ」
「は?」
「あのな、昨日シグナルがちょっとばかし危ない目に遭ったんだけど助かったんだと」
「危ない目?」
「いやいや、最後まで聞けってば。で、助かったのは知らない人達が助けてくれたからでぇー」
「……」
「その片方はエレナちゃんと同じ髪に青い目で左頬に黒い模様があってぇー、もう片方は俺より背の高いサングラス野郎だったらしぃー」
なぜか語尾を伸ばして語るシュバルツは、何か考えるような顔をして上をチラリと見て、再びカルロを見る。
カルロの目は、何かに気付いたようにじっとシュバルツを見ていた。
「このビジュアルは誰かさんに似ていると思わねえ?」
「うん…」
カルロは顎に手を当てて考え始めた。
シュバルツも黙ってカルロが何か言うのを待つ。
が、考えるのに飽きたのか両手をブラブラさせ始めた。
それでも黙っているのは、それが礼儀と考えているかららしい。
カルロはベッドから下りるとクローゼットまで行き、制服を取り出した。
「父さんに訊いてみる。あの2人がこっちに来ているとしたら、父さんの所へ挨拶しに来ると思うし」
「なーるほどー」
「でさ」
「おぅ何だ!」
「お前あっち行けよ」
「え。何で?」
シュバルツは目を丸くして、カルロは半眼になる。
「…男の着替え見たいのかよ」
「すんません」
シュバルツはそう言うと慌てて外へ行き、カルロを待った。
++++
そして、その30分後のシグナルは。
「こらぁ起きろぉ!!」
「わぁっ!?」
父親に耳元で大声を出され死ぬほど驚いて飛び起きた。
が、何だか身体が怠い事に気付き、右手を開いたり閉じたりと簡単な動きをしてみる。
指を動かすのも何だか疲れる感じだった。
それを見た父親は首を傾げる。
「どうしたんだ?」
「うん…何か、身体重い、かな? 疲れてるんだと思う」
「学校に忍び込もうとするからだ。全く、無事だったから良かったものの…」
シグナルは父親に頭をガシガシ撫でられ苦笑する。
昨日家へ戻った時。
木を登って自室の窓から中へ入ると、部屋で両親が仁王立ちしていた。
シグナルはすぐに抜け出した事を謝った。
けれど最初に言ったのはリボンを探しに言った事だけで、魔物に狙われた事は言わなかった。
言っていいのだろうけれど、何だか言えなかったのだ。
けれど何か隠している事はすぐに見破られ、シグナルは白状した。
両親は怒ったけれど、今と同じ事を言って許してくれたのだ。
「多分、疑似空間…だっけ? に転移させられた影響で身体が疲れているんだろう。ちょうどいいから、少し休みなさい」
「え、駄目だよ学校」
オカリナにリボンを渡さないと。
シグナルはベッドから下りようとしたが、両肩を軽く押されてベッドに戻された。
「今日は午後から登校だってお隣さんから連絡があったんだ。魔物が入った影響が無いか、チェックするからって。だからそれまで休みなさい」
そう言ってシグナルに布団を被せると、子供を叱る時特有の目でビシッと言う。
「朝ご飯は持ってくるから、食べ終わったら起こすまで寝ているんだぞ」
こう言う時は逆らっちゃいけないな。
シグナルは素直に頷く。
「わかった」
ドアがパタンと閉められるとシグナルは心中で謝る。
ごめんお父さん。朝ご飯食べ終わったら、お城まで行って来ます。
そして数分後、父親が持ってきた朝ご飯を急いで食べて制服に着替えると、肩に提げた鞄の中にリボンが入った紙袋を入れ、こっそりとドアまで行く。
ドアを閉める直前、リビングにいる両親に向かって言った。
「ちょっとお城まで行ってきまぁーす!」
そう叫ぶや否や、引き止められない内に家の裏にある森の中へ一直線。
走りながらユニコーンの姿に変身する。
提げていた鞄はそのまま首からぶら下がり、両の前足の間でパタパタ揺れていた。
しばらく行くと城壁が見えてきたので、人型に戻り、右側へ行く。
そこには顔馴染みの門番コンビがいて、2人はシグナルを見つけると笑顔を向ける。
「おはようシグナル」
「おはようございます」
「ほら、オカリナ様だろ? 入れ入れ」
そう言って、城門脇にある、人1人が通れるくらい小さな入り口を開けた。
シグナルが生まれる前から門番をしている2人は、シグナルが小さい頃からお世話になっている人達でもある。
遊びに来る度に、こうして開けてもらっている。
シグナルがぺこりと頭を下げて行く姿を見送った門番コンビは嬉しそうに笑っていた。
「青春だなぁ…」
「青春だなぁ……ん?」
緩んでいた門番コンビの顔が引き締まる。
霧の向こうから、こちらへやって来る足音が聞こえ、やがて人影が2つ見えた。
門番コンビは銃を真っ直ぐに構え直して姿勢を正す。
が、やって来た2人組に思わず目を丸くする。
やってきたのは、自分達よりもずっと若い年の青年2人。
上等そうな、それでいて丈夫に見える黒いコートを着ていて、背は高く、容姿は整っており人目を引くタイプ。
2人とも黒いサングラスで顔を隠しているが、どこの誰なのか、門番コンビは即理解する。
驚きで大きく開きそうになる口を慌てて引き締めた。
「朝早くに申し訳ない。ヴァルナ・ダストレス=ミプロス国王陛下にお会いしたいのだが」
「し、失礼ですが、お名前の確認を…」
「水大神官・シリウス=スヴァンホルムだ。彼は副官のロゼウス=ローランド。昨夜の国立高校の件で、国王陛下に至急話が」
積もった雪と同じくらい白い銀髪を持った青年は、静かな表情を崩さないまま答えた。
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