きちんと制服に着替えて寝癖も直して、朝食を済ませると「よし」と気合いを入れる。
朝食の最中、急な来客の為(物凄く大事な事らしかった)途中退席した父の所へ向かった。
その後ろを、シュバルツが長い髪を揺らし、飛んで付いて行く。
大きな窓から廊下へ入る光は薄く、その先を見ると濃い灰色の空が広がっていた。
もうすぐ雪が降りそうだ。
「取り敢えず、お客様が帰ってから、あいつら来なかったか父さんに訊くよ」
「そーだな。で、どこで待つ?」
すると大股で行っていたカルロの足がピタリと止まった。
くるりとシュバルツの方を見る目は丸い。
「…どこだ?」
シュバルツはしばしポカンとするが、やがて浮いたまま重い息をついた。
「ンだよ。考えてなかったワケぇ?」
「父さんの所行く事しか考えてなかったからな。うーん、外じゃ寒いし…かと言ってここだと客が出てきたら鉢合わせして困るしな」
シュバルツは何の考えも無しの行動に呆れているのか、何やらブツブツ言いながら床に下りていた。
カルロは父と客がいるであろう、すぐそこの部屋の扉を見て、それから外を見る。
大きな窓は自分の足下から天井近くまであって、外がよく見える作りになっていた。
外には雪を被った茂みと木。
ここは1階だから外に出てすぐ遊ぶ事も出来る。
小さい頃は自分達だけで雪だるまをいくつも作った。
思い出しながら視線を右へ移したカルロの目が輝く。
「あそこで時間潰そう!」
「あそこ?」
「図書館!! 俺、鍵貰ってくるからあそこで待ってろよ、いいな!?」
そう言うなり、シュバルツの返事を待たずに駆け出した。
残されたシュバルツは目を丸くしたまま外を見る。
ドーム型の屋根を持つ、雪を被った建物が目に入った。
膨大な量の本が収められている、書庫。
けれど、城内の者が自由に使用できる場所なので、書庫ではなく「図書館」と呼ばれ親しまれている場所。
シュバルツはカルロが言った図書館へ行こうとしたが、ふと国王と客がいる、会議室の方が気になった。

何だか空気がざわついている。

魔力の強い客なのかもしれない。
そう言う者が来ると、周辺の森に棲む魔族がざわつくものだ。
こんな早くに、誰が来ているのか。
「…ま、誰だっていっか」
そう呟いて、カルロが言った図書館へ向かって歩き出す。

++++

シュバルツが長い髪を揺らして城と図書館を繋ぐ廊下へ消えた後。
会議室から、門番コンビを驚かせていた2人の青年が出てくる。
1人は白銀髪に青い目、黒い痣と白い神官服のシリウスで。
もう1人は長身で髪もサングラスも服も黒いロゼウスだ。
2人とも腕に黒いコートを持っている。
対照的な色合いの2人は室内にいる国王ヴァルナに軽く会釈し、扉を閉めて歩き出す。
しばらくの間無言で歩いていた2人だが、ふいにロゼウスが口を開いた。
「…大丈夫ですか」
「何がだ」
シリウスが質問に質問で返すと、隣を歩くロゼウスを見上げる形になった。
見上げると言っても視線を上げる程度の事だったのだが、途端、身体がフラリと傾く。
ロゼウスはシリウスの腕を慌てて掴み、小声で言う。
「無理しないで下さい。"変化"が、近いんでしょう」
サングラスで顔を隠していても、不安の色が声からにじみ出ている。
壁にもたれるようにしていたシリウスはキョトンとなった。
と言っても、目が僅かに丸くなった程度だが。
「…バレていたのか」
ロゼウスがムッとなる。
「当たり前です。歩き方がいつもと違いましたし、足下がフラついていましたから」
「ふん…隠せていたと思ったのだがな」
「俺の目は誤魔化せません。昨日1人消したばかりなのに、今日からクリスマスまで雪を"降らせる"なんて…雪が対魔物用でなければ絶対に休ませる所です」
子供を叱る母親のような様子に、シリウスは小さく苦笑し、歩き出す。
「安心しろ。無理はしない」
「……本当ですか」
「何だ。信じないのか?」
「旦那が頭に『安心しろ』を付けるのは、嘘をついている時か、これから駄目になる事のどちらかですから」
「何だ。随分自信たっぷりだな」
「長年の経験と勘です。今日は雪を降らせたら休んで下さい。お嬢さんの買い物は俺が付いて行きます。店の方はセイレムあたりがやりたが……ん?」
ロゼウスは隣の足音が消えた事に気付く。
見れば隣にいたシリウスの姿が消えていた。
前にも、後ろにもいない。
ふと外の小さな異変に気付き、大きく作られた窓に駆け寄った。
しんしんと雪が降り始めている。
白い、小さな雪が、ゆらゆら揺れながら。
「言った傍からあの人は…!!」
ロゼウスは自分の影から沸き上がらせた黒い渦に溶けて消えた。

++++

ミプロス城の白い尖塔。
持っていたコートを着てそこに立っていたシリウスは、短く息を吐く。
「今度は素直に謝るか…」
そう呟くと上を見上げた。
明るい灰色の空から雪が降ってくる。
冷たさにホッとしているのは、体温が上がっているからだろう。
ふと下の方に気配を感じた。
見ると少女が1人、雪だるまを作っているのが見えた。
赤い桃色の髪の少女…オカリナだ。
オカリナをじっと見つめてから目を閉じると、頭の中に映像が浮かんでくる。
シグナルがやってきて、オカリナの手に何かを渡していた。
そこまで『視て』、目を開けるとオカリナはまだいた。
その傍には図書館があって、カルロが扉まで走り、待っていたシュバルツに何か言いながら鍵を開けている。
2人は中へ入る時、オカリナに手を振った。
視線を上げると、視界に映る物全てが雪を被っている。
森も、川も。
空も雪のように白くて明るい。
「雪…」
思い出すのは、もういない人達。
皆、雪が降る時期に奪われた。

奪ったのは魔物だ。

自然と、手に力が入る。
「…絶対に」
その呟きは誰かに聞かれる事なく消える。
程なくして、背後に気配を感じた。
振り向くとムスっとしたロゼウスが立っていて、白い場所で風に揺れている髪や服の黒さは目立った。
怒っているのがわかるが同時に心配されている事もわかる。
だから素直に謝るけれど、なぜか笑ってしまった。
「すまん。帰ろう」
「今度からは、黙って消えないで下さい」
「解った」

尖塔にあった2人の姿は、一瞬でかき消える。
雪を被った芝生の上、オカリナの所へシグナルがやって来るのは、そのすぐ後。



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