オカリナは雪だるまの頭を誇らしげに見ていた。
手袋が雪で完全に濡れてしまい、手袋を外して作業をしていた為、手はすっかり冷えて指先は頬と同じくらい赤い。
けれど気分は最高だ。
何度もペタペタ叩いたり撫でたりしたおかげで、綺麗なラインを描いている。
我ながら、見事な出来。
雪だるまを見つめたまま、後ろの女官に手を振って嬉しそうに言う。
「ねえ見て見て! 綺麗に出来た!!」
「本当だ」
聞こえた声に、オカリナは目を丸くして振り向く。
女官の声ではなくてシグナルの声だ。
振り向くと、そこに立っているのは、どこか申し訳なさそうな表情のシグナルだった。
「あ、ごめん。驚いた?」
驚きで答えられず、オカリナはコクコク頷く。
それを見たシグナルは、自分の後ろを指す。
「シェリルさんが、こっそり行きなさい…って。きっとビックリするだろうからっ、てさ」
確かにビックリした。
自分と一緒にいた筈の女官の名前に、オカリナは慌ててシグナルの後ろを見る。
壁に隠れるようにして顔だけ覗かせたシェリルが、ニコニコしながら手を振っていた。
そして消える。
ごゆっくり、と言う事なのだろう。
けれどオカリナは困った。

リボンの事があるからどうしても緊張してしまう。

両手を前で組んで困っていると、その手を取られた。
シグナルの手が、手袋をしていないのに温かくて驚く。
「手、あったかいのね」
「オカリナのは冷たいよ。大丈夫?」
「う、うん。あのっ、どうしたの?」
「あぁ…あのね、これ」
シグナルは鞄から小さな紙袋を取り出し、封を破る。
「遅くなって、ごめんね」
緊張のせいで、中のリボンを突き出すように出してしまった。
慌ててオカリナの冷たくかじかんでいる手を取って、その手の平に置く。
「あ、あの、見つかったんだ。リボン」
じっとオカリナを見る。
キョトンとした様子で手の平にあるリボンを見ていた。
手の平に置かれたリボンとシグナルを交互に見る。
オカリナがあまりにも目を丸くして見ているので、シグナルは更に緊張した。
思わず口から謝罪の言葉が出る。
「あ、えと…ごっ、ごめん」
「ううん。いいの、いいの」
オカリナは首を横に振る。
何だか、急にポカポカしてきた。
きっと、物凄く真っ赤だ。
「ありがとう」
お礼。
言えた事にホッとする。
思わず笑顔がこぼれ、それを見たシグナルも笑顔を浮かべた。
「あ、そうだ。寒いから図書館に行こ? 今、お兄ちゃんとシュバルツがいるから、中、温かいと思うし」
「うん。…あ」
仲良く行こうとした2人だったが、シグナルが一瞬立ち止まった。
シグナルを見ると、どこか真剣な様子だ。
「どうしたの?」
「実は、言わなきゃいけない事があるんだけど…」
「…何?」
オカリナが不安そうに訊く。
それを見たシグナルは、にこりと笑った。
「中で話すよ。ここだと寒いから」

図書館の中にはカルロとシュバルツがいて、2人ともオカリナとシグナルがやって来ると軽く手を振ってきた。
中はオカリナの予想通り温かく、カウンターにいた女官に訊いた所、シュバルツが魔法で温かくしてくれたらしい。
オカリナとシグナルは2人と同じ所に座る。
シグナルが話そうとした時チョチョコリーナもやって来て、シグナルの話は始まった。

落としたリボンを魔物が拾った事。それを拾った魔物に狙われて、疑似空間へ転移させられた事。
そこであった事、全部。

++++

うわ。言わない方が良かったのかな。

話し始めて5分でシグナルはそう思った。
オカリナは目を皿のように丸くしているし、カルロは眉間にしわを寄せてじっと見てくるし、チョチョコリーナは目を白黒させている。
事情をいくらか知っているシュバルツは何だか険しい顔で別方向をじっと見ている。
だから、どうしたらいいのかわからなくて、困ったシグナルはポツリと
「こ、今度からは…無茶はしない、よ…?」
としか言えなかった。
けれどそれで周囲の様子が変わる訳もなく、ますます困ってしまう。
カルロが眉間にしわを寄せたまま言った。
「悪い。何か、実感がないって言うか…何て言うか…」
「わかんねーんだろ?」
シュバルツの言葉にカルロは元気に頷いた。
「そうそう! 魔物が『魂を食らうと言う禁忌を犯した元魔族』ってのは習ったから解るんだけどさ、ぎじくうかん、って何だ?」
「まぁ高校じゃあ習わねぇか……ぶっちゃけ言えば嘘の場所で、俺らが今いる『ココ』とそっくりな場所を創る魔法の事だ。創るの超難しいんだぜ、コレ。まず人間界で使える奴は5人くらいだろーな…あ、俺使えないから、無理無理」
「そんなに難しいの?」
チョチョコリーナが好奇の眼差しで問うと、シュバルツは腕を組んでウンウン頷いた。
「そりゃーもう! 魔力が凄くて想像力バッチリな奴でないとな。人間界と魔界でそれが出来る奴って、合わせて10人前後じゃねえかな? まぁ、知り合いに使える奴がいるけど……」
シュバルツの動きが止まった。
「あ」と言う顔をしている。
子供達が何だ何だと言う顔をしていると、シュバルツはシグナルの方へ身を乗り出した。
椅子がガタンと音を立てる。
「シグナル!!」
「はいっ!?」
思わず後ろに下がる。
シュバルツはいつもの口調だが、目は真剣だった。
「お前を助けた2人組の事だけどよ、本人からも、牧師からも名前訊いてないんだよな?」
「はい。訳あって名前は教えられないそうです」
「ふーん…」
今度は椅子に座り直して考え出した。
色々と考えているのか、長い耳が上下に動く。
その様子を、子供達は不思議そうに見ていた。
シュバルツがこんな風に考え事をするのは、自分達が立ち入れない域である事が多い。
普段自分達と一緒に遊んだりしている時は「お兄ちゃん」な感じで忘れそうになるが、こう言う時に「闇精霊の長」だったと再認識させられる。
普段と違い、ひどく大人っぽいからだ。
と、子供達をちら、と見てから突然、立ち上がった。
ニコリと笑顔を浮かべている。
「悪い、ちょっと用事が出来たわ」
「え?」
子供達はキョトンとする。
が、カルロは何か思い付いたのか、険しい表情で立ち上がり奥へ消えた。
そして、脇に一冊の本を抱えて戻ってくる。
真っ黒な分厚い本で、表には金字のタイトルがあった。
カルロはその本を、ドン、と机に置く。
途端シュバルツの様子がおかしくなる。
本をチラチラチラチラ、ソワソワソワソワ。
「シュバルツ。これ朗読されたくなきゃ、何隠してるか言えよ」
「なっ、何の事だかわかんねぇなー、アハハハハハァー!」
「カルロ、それ何?」
チョチョコリーナが表紙を見て、タイトルを口にした。
「…『黒い街』…?」
それを聞いたシュバルツの顔色が、ザッ、と青くなった。
そして、ス、ススス…と扉の方へ動き出す。
図書館から出るつもりらしい。
オカリナとシグナルとチョチョコリーナが、目でシュバルツを追う。
カルロが本を開いた。
「本気で読むぞ。お前が1週間、悪夢に悩まされた9章読むからな! せーの…」
「うわー!!」
シュバルツが悲鳴を上げて後退した。
その勢いで本棚にぶつかり、衝撃で落ちた1冊の本がシュバルツの頭にヒットする。
シュバルツは頭を抱えて痛がり、大きな悲鳴に子供達は耳を塞ぎ、カウンターにいた女官は驚いて読んでいた本を落っことした。
カルロは本を開いたまま、シュバルツを睨む。
「何隠してるか言えよ。気になるだろ」
「ぅ…いや、それは……」
シュバルツが涙目で言葉を濁す。
長い耳はすっかり垂れ下がっていた。
カルロの方を何度か見る。
何か言うかと思った時、黒い風を起こして消えた。
子供達が呆気に取られていると、上から何かがヒラヒラと机の下に落ちていく。
シグナルが落ちた物を拾った。
白い紙切れには何か書いてある。
「『ひ・み・つv』…?」
「逃げやがった…!」
カルロが心底悔しそうに言う。
どうやら隠し事を聞き出す意外に、普段から子供扱いされている事への仕返しの意図もあったようだ。
オカリナはこっそり溜息をつく。
「お兄ちゃん、怖い本でシュバルツいじめるの止めなってば」
「いじめてなんかいない。それに、アイツが隠し事するなんて変じゃないか、普段はベラベラ喋るのに」
「でも、近いですよね?」
「お前なぁ…そう言うの、こっち真っ直ぐ見て言うなよ」
カルロは椅子に座ると、真っ黒な本…『黒い街』を読み始めた。
面白いらしく、灰色の目はすぐに本に釘付けになる。
オカリナ達も何か読もうと思い、本棚へ向かう。
チョチョコリーナは魔法煙の本を、シグナルは魔法書…どうやら『疑似空間』の事が気になるらしい。
オカリナは迷った末に、人間の学者が魔界へ旅行に行った時の体験記を選んだ。

本を開く前に、ふと思う。
シュバルツは確かに隠し事をしていたようだったけど、何を隠していたのか。
それが引っかかったのは、シュバルツが真剣な目で自分達を見たからかもしれない。



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