クリスマスまで、あと3日。
カルロは表情には出さなかったが、不機嫌だった。
ワルツの練習や委員会に文句があるのではない。
踊りは小さい頃から叩き込まれているから慣れているし、委員会だって序盤で張り切ったお陰で、今は余裕を持って作業が出来る。
不満なのはシュバルツだ。
先日いきなり消えてからずっと現れない。
喚んでも『只今お仕事中。』と書かれた紙がヒラヒラ落ちてくるだけで、連絡が取れなくなった。
普段は喚んでもいないのに突然現れて「宿題やってんのかー」とか「彼女出来たかー」とか、いらない事ばかりしに来るくせに。
こっちに用がある時は現れない。
シグナルを助けた二人組の事は容姿の特徴から予想は付いている。
多分、シリウスとロゼウスだ。
が、本人達に確認せずに決めてはいけない。
まだ10代とは言え自分は王族だし、向こうは大神官と副官。
何か問題を起こしてはいけない。
それに、確かめたくても多忙な彼らに手紙を出したら、返事が何ヶ月後になるかわからない。
そんなこんなで、エグザでは真面目な顔でオレンジジュースをずびずびストローで音をたてて飲むカルロがいた。
遅れてやって来たチョチョコリーナは、同じテーブルで仲良くココアを飲んでいるオカリナとシグナルを見た。
二人はお手上げと言う目で肩を竦めてみせる。
今日の学校は、午前中はダンパの最初で全生徒が一斉に踊るワルツの練習だった。
それが終わると、ドレスの採寸やらワルツの個人練習やらに当てられた。
その為オカリナとシグナルも疲れているので、口数が少ない。
チョチョコリーナは短く息を吐くと、ストンと椅子に座った。
「カルロ、音を立てて飲んだら駄目よ」
「ん? あっ、ヤバ…!」
どうやら気付いていなかったらしい。
チョチョコリーナは呆れつつもコーヒーを注文する。
と、ここへ来る時に城からの伝言を受け取っていた事を思い出し、小声で言う。
「伯父様からの伝言で、3時までに帰って来なさいですって。私達にお客様が来ているみたいなのよ。シグナルも一緒に、って言われたわ」
「え、僕?」
「えぇ。制服のままでいいんですって」
と、コーヒーが運ばれて来た。
チョチョコリーナはコーヒーを飲みながら、エレナがいないのに気付く。
厨房にいるのか今日は何か用があって休んでいるのか。
何であれ、店にエレナがいないのは珍しい。
あれこれ考えていると、カルロと目が合った。
「客って誰?」
知らないわ、と言う目でチョチョコリーナは肩を竦めた。
伝言を聞かされた時、チョチョコリーナは今カルロがしたのと同じ質問を、伝えに来た者にした。
だが彼も詳細を知らされていない様だった。
(まぁ、帰ればわかる事なのよね)
チョチョコリーナはコーヒーを飲み干した。
++++
そして、帰ってきた子供達とシグナルを迎えたのはシュバルツの後ろ姿だった。
子供達に気付いて笑顔で手を振ってきた彼の頬には青痣クッキリ。
「よっ。お帰りお子様ども」
「シュバルツ…! お前何で出てこなかった!!」
「その痣どうしたの!?」
「お邪魔しまーす」
「ただいまシュバルツ」
「おぅ、お帰りアンドいらっしゃーい。痣の事はナイショー」
シュバルツは笑顔で言うと扉をきちんと閉める。
「窓良しドア良し俺様良し。もう出てきていいぜ」
「…あぁ」
静かな声に子供達はギョッとする。
自分達以外の声がした、この部屋の中で。
サーッとシュバルツの後ろに集まる子供達の反応を見て、シュバルツはぷぷぷと笑う。
「悪い悪い、ビビらせちった? カルロとチョチョコリーナは知ってるけど、オカリナとシグナルは知らねぇんだよな。ホレ、ご対め〜ん♪」
シュバルツがジャーン、と言って大袈裟な動きでやや手前の床を示す。
そこへトトト…とやってきたのは。
「あ、ハムスター」
白と黒の二匹のハムスターは綺麗に横に並び、子供達を見上げる。
そして。
ぼふんっ!
煙がモクモクと上がり、それの高さはシュバルツと同じくらい。
その煙はすぐに晴れ、そこには背の高い青年…シリウスとロゼウスの2人が立っていた。
カルロとチョチョコリーナが「あっ」と言い、オカリナは目と口を丸くしてポカーン。
そしてシグナルが、目を皿のように丸くして叫んだ。
「昨日の人!!」
「えっ!?」
オカリナは更に驚く。
シグナルを助けてくれた謎の2人が、どうして闇精霊長のシュバルツと親しいのやら。
そんなオカリナの横ではチョチョコリーナがただ無言で驚いていて、カルロは「やっぱり」と言う顔をしていた。
ポカーンとしている子供達を余所にロゼウスが口を開く。
「無事でなにより。元気そうで良かったですね、旦那」
最初の言葉はシグナルに、後はシリウスに向けられた言葉だった。
シリウスは軽く頷くと、オカリナとシグナルの前へ行く。
「…名を、名乗っていなかったな。初めまして、王女殿下、ユニコーンの少年。私はシリウス=スヴァンホルム。水大神官で、そこの阿呆シュバルツの友人だ」
「阿呆って何だよテメー」
「阿呆だろ。旦那に『テメー』とか言うな…」
「うっ…」
「初めまして…」
「どうも…」
3人のやりとりを呆然と見つつ、オカリナとシグナルは挨拶をした。
そしてロゼウスに「『テメー』とか言うな…」と言われた時に、シュバルツが一瞬怯えたのが気になった。
続いてロゼウスが丁寧に挨拶すると、ボケッとしていたカルロは我に返る。
「い、いつ来たんだよ!?」
「4日前だ。クリスマス休暇でな」
「じゃあ、挨拶しに来るとか、連絡するとか、したらいいじゃないか。何で来なかったんだよ?」
それを聞いたシュバルツは『本当は一昨日城に来てたンだよー、でも来られなかったンだよーカルロちゃん』とか思っていた。
『ちゃん』付けでそう考えていたのがバレたら、あの『黒い街』をまた朗読されるかもと思い、ゾッとする。
シュバルツはアレコレ質問しているカルロを見ながら、数日前の事を思い出していた。
++++
シリウスの『変化』が終わった翌日。
久々に会うシリウスの兄弟と懐かしの再開を堪能、彼らとロゼウスと一緒に、国に張る結界の事を話し合っていた。
場所は、とある店の屋根裏部屋。
5人全員、魔法に関してはプロだから結界の事はすぐに終わった。
魔物達は自然と心が清くなるクリスマスに行動を起こすのは確実だ。
だからクリスマスまでに国内に結界の楔を打ち込み、魔物達が行動を起こしたら発動するようにする。
発動した魔法は魔物達を別空間に閉じこめる。
閉じこめた後の魔物への対処シリウスとロゼウスに任せる事になるだろう。
シリウスとロゼウスの2人に、子供達に挨拶に行けとシュバルツが言ったら、3つ子の末っ子であるセイレムが口を開いた。
テーブルの上に置かれた山盛りクッキーに手を伸ばしつつ言う。
「挨拶って?」
「何って…元気かー、とかだろ」
「ああ、知り合いなんだっけ」
「そーそー。あ、でもオカリナとシグナル…」
「シグナルって?」
これは真ん中のサリレイだった。
「狙われたユニコーンの子供だ」
ロゼウスが簡潔に答える。
目はテーブル上の殆どを占めている国内の地図に向けられている。
サイズもそうだが、細かな所まで書き込まれた精巧な地図だ。
そこらの書店では絶対に手に入らない。
驚いたシュバルツがどうしたんだ、と訊いたらセイレムが笑って
『昨日、ロゼが国の図書館からコッソリ拝借してコピーしたんだってさ』
と答えた。
そう言えばキメラになる前のロゼウス…つまり2人いた存在の片方は諜報員だったと聞いたのを思い出しながら、シュバルツはロゼウスの簡潔な答に対し頷いた。
「そーそー、オカリナとシグナル。あの2人はお前らの事知らないから、初めましてーとか、そんなだろ? カルロとチョチョコリーナは久しぶりー、とかでよ」
「フーン。…魔王の事は、まだ無理なのか?」
セイレムがそう言ってシリウスを見る。
シリウスはカーテンで閉められた窓の向こうにある、城の方を見た。
背筋をピンと伸ばした姿からは、昨日の『変化』でのグッタリぶりが嘘のようだ。
「カルロが即位した時に、私がまだ魔王だったら教えるだろうな。今はまだ…早過ぎる」
だからシグナルが襲われた時の状況や、他の事を話すと言った。
それとクリスマスの日に用心するようにと。
その事は国内の街や村の中心機関、魔法省にも伝えてある。
++++
それから数日後…が、今日。
カルロがアレコレ質問したお陰で、オカリナとシグナルが知りたかった事(シュバルツ、カルロ、チョチョコリーナとはどう言う関係なのか)がわかったから、当初の緊張した空気は幾分か薄らいでいた。
シュバルツとは高校の同期でその頃からの親友。
カルロとは数年前に国内で知り合いに、チョチョコリーナとは5年前、仕事で城内にいた時に知り合ったらしい。
深く訊こうとすると長くなるよねと思い、オカリナはそれ以上は訊かないでおいた。
けれど突然『クリスマスは用心するように』と言われ、子供達は首を傾げてる。
疑問を口にしたのはチョチョコリーナだった。
「どうしてですか?」
「国内で誰かが魔物に狙われて、それが未遂に終わると、他の魔物が狙いに来る確率があるんだ。それに、クリスマスは狙われやすい時季でもある。自然と心が浮かれるし、クリスマスと言う事で人の気分は普段より清らかになるから」
ロゼウスが優しく答えた。
それを聞いていたオカリナは、隣にいるチョチョコリーナの頬がさっきから赤くなったり元に戻ったりしているのに気付く。
何か、とっても緊張している。
オカリナは心の中で「ハハ〜ン」と笑った。
その後シリウスとロゼウスは子供達に「姓に様付けでで呼ばれると恥ずかしいから」と言う理由で「名前で呼んでもらえると助かる」とか「クリスマスは裏道などの暗い場所や、人気のない所へは絶対に行かないように」と言って、城を去っていった。
何でも暗い場所は魔物が出やすいそうだ。
シグナルとシュバルツも帰り、子供達は自室へと戻っていったが、オカリナはチョチョコリーナの部屋でお喋りをしていた。
ワルツの振付の事や魔物の事について色々話していたのだが、ふいにオカリナが身を乗り出す。
「ねえ、ちょっと訊きたい事があるんだけど…」
どこかウキウキしたような様子に、チョチョコリーナは首を傾げる。
「ロゼウスさんの事、好きなの?」
チョチョコリーナの頬が、ぽっと赤くなった。
オカリナの目が輝く。
チョチョコリーナに顔を寄せた。
自分達以外誰もいないと言うのに、なぜか声は小さくなる。
「いつから?いつから? 誰にも言わないから教えて!」
「えっ? そ、そんな、ねえ」
と困っているように言うが、赤くなった顔は嬉しそうに笑っている。
二人はくすくす笑いながら、夕食までの時間を恋愛話で楽しく過ごす。
外では、雪がちらちらと降っていた。
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