12月25日、クリスマス。
連日の雪で、街は毎年のように雪に彩られている。
いつもと違うのは、降雪量がさほどひどくなかった事だろう。
その為、夕方から国立高校へ向かう高校生達は去年とは違って足下を気にせず、軽快に歩いていた。
通学時間が夕方なのは、今日がダンパの本番だからで、クリスマスと言う事が歩調の軽快さに拍車をかける。
そんな様子をセイレムが観察していた。
シリウスとは3つ子の兄弟なのだが、同じなのは髪と目の色だけ。
顔立ちは、明るい性格からか似ているようで似ていない。
セイレムが噴水のベンチに足を組んで座り、道行く人達を観察している様子は様になっていて、
道行く女子高生や女性達は「アラ誰かしら」と視線を送っている。
左頬の黒い痣を隠していないから、整った容姿も手伝い余計目立った。
視線に気付かないフリをして観察を続けるセイレムは、
自分が今着ている黒いコートの下に魔法機構特別捜査官の制服があると知ったらどーんな顔するかなー、とタチの悪い事を考えていた。
それ以前に一般の人は特別捜査官の制服って知らないか?とも思ったけれど。
ふいに懐の携帯がブルブル震えたので、そのままにして立ち上がり裏道へ入る。
そのまま奥へ行って角を曲がって、やっと、携帯を取り出した。
歩みを止めずに。
「はいはい」
『何してンだよお前』
「あーシュバルツかぁ。何?」
『テメッ…!! ……あのなァ…何、じゃねえだろ。集合時間は守りましょうって幼稚園で習わなかったのかよ?』
シュバルツのイライラを必死に押さえているような声にセイレムはアハハと笑う。
しかし、シュバルツが黙った瞬間に「ぐぇっ」とか言うキッタナイ声が聞こえたような気がしたが、気のせいだろうか。
ついでに声の向こうが何やら騒がしい。
「習ってないね。だって俺、幼稚園行ってないし。そう言うのは高校から」
『ンなこた、どーだってイイ! さっさと来い!! こっちはとっくに始まってンだぞ!?』
大きな怒鳴り声にセイレムは堪らず携帯を耳から遠ざけた。
人型であっても聴覚は人間の数倍だ、その耳に大声はキツイ。
「『始まってる』って……」
セイレムは歩みを止めずに腕時計に目をやる。
時計の針は17時を指している。
さきほどから高校生達の姿が多く見られるのも、30分後に登校する事になっているからだ。
18時半からダンパの本番らしい。
そして自分達の魔物捕縛の本番は17時10分。
「時間違くない? 集合時間までまだ10分あるんだけど?」
『早まったンだよ!! 何かスゲー多いんだって!!』
「…マジで?」
セイレムは歩みを止める。
止めた場所は教会の裏口で、軽くノックするとルーク牧師が顔を出した。
彼は無言で頷き、セイレムを鐘がある尖塔へ続く階段へ案内する。
セイレムはコートを脱いでぽいっとルーク牧師に預けると、階段を大股で一段飛ばしながらスタスタ上がる。
口調は軽いが目が鋭くなる。
「じゃ、今、疑似空間にいるんだ?」
『そーだ! だからさっさと来いってば!!』
++++
数日前の話し合いで結界の楔は、5人全員が国内のあちこちに行って仕込んだ。
疑似空間の仕掛けはシリウス作。
さすが大神官と言うべきか、発動した疑似空間は完璧だった。
元の時間とそっくりそのままの時間で、音がある。
あると言っても誰かがいる訳ではなく、風が吹いて生まれる自然の音だ。
現実空間をそっくりそのままコピーしたような場所だった。
雪も降るし、ちゃんと積もっている。
下見で最初に来た時は、静かな風が気持ちイイぜとか思っていたシュバルツだったが、今は風を感じて癒されている場合などではなかった。
魔物が繰り出す攻撃魔法をヒョイヒョイ避けて意識を自分に向かせ、その隙に地面から黒いカーテンのような物を上げ、そこに立っていた魔物数人を戦闘不能状態にする。
闇精霊が得意とする精神浸食系の魔法だ。
魔物から「動く」と言う意識を喪失させた。
「凄いねぇ!」
と笑顔で言って拍手されるのでシュバルツはサリレイの方を向く。
が、サリレイの後ろに、剣を構えた魔物がじりじり近づいていた。
「おい!」
「"大地の壁よ"!!」
サリレイが手にしていた杖を魔物に向け、唱える。
魔物の足下の地面から大きく尖った岩が現れ、魔物を吹き飛ばした。
ついでにサリレイが唱えた隙を狙った魔物がいたが、杖でみぞおちを殴られて、オマケに容赦なく蹴り飛ばされてダウンする。
サリレイに危険を伝えようとしていたシュバルツは、目と口を点にした。
「…………そう言えば、お前って見かけに寄らず強かったんだよな」
「シリウスやセイレムほどじゃないよー。それより、本当に多いね」
笑顔でそう言って杖を構え直す。
サリレイは3つ子の中で一番穏やかな性格の影響か、この状況でも笑顔でいたが、さすがに疲れたのか疲労が伺えた。
シュバルツも疲れた顔で頷いた。
2人がいるのは、ミプロス首都・広場そっくりの場所。
広くて戦いやすいのだが、敵の数が多い。
ここに閉じこめられた魔物の数は18人。
しかし2人はそれ以上の数を相手にしている。
余分な人数となっているのは土人形だ。
どうやら魔物の中に、土から人形を作る事が出来る者がいたらしい。
暗い小道から覗く地面から、土人形がポコポコと出てくる。
その中に紛れて魔物が6人いたが、3人はシュバルツが、2人はサリレイが、たった今倒した。
2人は背中合わせになって土人形の群れに目をやる。
「術者どこだ?」
「分からない。倒した中にはいないみたいだけど…取り敢えず、この土人形を一気に潰さないとね。長引くと不利だよ」
「どうやって潰すんだよ。俺、闇属性以外の属性のは使えねェんだけど」
背中からの一言にサリレイは黙ってしまう。
「…体力と笑顔でナントカ」
シュバルツは近づいてきた土人形3体を、土人形の影から巨大な針のようなものを出して粉砕する。
闇精霊は影も扱えるから、呪文の詠唱は必要ないのだ。
後ろのサリレイに言う。
「時代は変わってンだぜ?」
「そうだよねえ。どうしよう」
ふと空気が一瞬だけ変わった。
2人は見えない光がチカッと光るような感覚を覚える。
と、ぐるりと取り囲んでいた土人形が、一気に押し潰された。
周囲の民家も一緒に。
潰された土人形は一瞬で風化し、空気に溶けて消える。
「ごめん!! 待った!?」
上空から箒に乗ったセイレムがヒラリと降りてきた。
ポカンとしていたシュバルツがプツンとキレる。
「第一声がデートに遅れた野郎みてェな台詞かよテメー!!」
「シュバルツ落ち着いて!!」
ウガーと暴れるシュバルツをサリレイは必死に押さえて礼を言う。
「セイレム助かったよ、ありがとう」
「や、間に合って良かった。ところで術者っぽいのもペチャンコにしちゃったんだけど平気? 協定違反になると思う?」
セイレムが指した先には、ペチャンコになった大量の土の下、うつ伏せ状態で伸びている魔物6人。
シュバルツとサリレイはうーん、と唸った。
「協定」と言うのは魔物に関する協定で「魔王以外の者は、決して魔物殺してはいけない」と言うもの。
魔物は体を失っても魂だけで行動出来る。
オマケに魂だけになると、かなり強い魔力の持ち主でなければその姿は見えなくなり捕縛は困難となる。
時には魂だけにされた魔物が逆襲する事もあるから、魔物は封印しても良いが『殺し』てはいけない事になった。
その協定対象は魔物を倒そうとする全ての者だ。
だが、魔王も例外ではなく、自分の領土外の魔物は殺してはいけない事になっていた。
「死んじゃいねぇし、重傷でもないみてぇだから大丈夫だろ」
「そうだよな。あー良かった、シリウスに叱られる所だったよ。あ、俺も縛るの手伝う」
セイレムが慣れた手つきで魔物の両手首と両足首を、対魔物用ロープで縛っていく。
複雑で普通は解けないような縛り方だ。
それを見ながら同じように魔物の両手首と両足首を縛っていたサリレイは、溜息をついた。
「セイレム、念力のヤツわざとやったでしょ」
「えー何の事かサッパリわかんないなー」
「嘘言わないの。わざと民家の屋根潰したんでしょ」
サリレイがムーッと睨むと、セイレムは満面に笑みを浮かべて頷いた。
「あぁうん、だって俺あいつら嫌ぇ。でも殺さないように、ちゃんと手加減した」
それを聞いたシュバルツはサリレイが口を開くより早く、小さな声で言う。
「サリィ、それ以上言わない方が身の為だ。セイレム少しキレてら」
「そうだね。ガラ悪くなりかけてる」
2人は手早く魔物達の両手首と両足首を縛って、6人を一緒にグルグル巻きにする。
土人形の大群が失せた広場を見ると、本当に広いんだなとシュバルツは思った。
と、セイレムがキョロキョロしているのに気付く。
「どした?」
「シリウスとロゼは?」
「あぁ、2人なら別々に動いてるよ。2人一緒だと魔物が警戒して近寄ってこないから、個人行動取るんだって」
「へーえ…でも、ロゼウスが個人行動なんて取れるのか?」
サリレイが首を傾げた。
「どうして?」
「あいつ心配性だし。こう言う緊急時とかでシリウスの姿が見えないと、仕事ほっぽり出して探しに行くタイプ。
長い間あいつの担当やってるから、行動パターンとか見え見えなんだよなー、ハハハハー」
「…ロゼウスに聞かれたら、お前スゲー睨まれるぞ」
シュバルツが苦笑して言う。
と、コトリ、と言う小さな音を耳にした。
サリレイとセイレムを見ると、2人にも聞こえたらしい。
シュバルツは動こうとするが、セイレムが人差し指を口に当てて、「しー」と伝える。
当てた人差し指をシュバルツとサリレイに向け、「2人は向こうに」と教会へ続く道を示す。
2人はセイレムの意を理解する。
「じゃ、俺とサリィはあっち見てくるわ」
「行ってくるね」
2人がそう言って、教会の方へ歩いていく。
その後ろ姿を見送った後、セイレムは捕縛した魔物の方を向き、しゃがみ込んだ。
右手には暗い影で真っ暗になっている道。
そこに濁った金色の目が2つ浮いていた。
その目は少しずつセイレムの方へ近づいてくる。
セイレムは捕縛した魔物1人1人の顔をチェックしているようだった。
大きな欠伸をし、腕を伸ばす。
それから間を置いて、また欠伸。
途端巨大な犬が道から飛び出し、咆吼を上げてセイレムに飛びかかってきた。
だがそれと同時にセイレムが振り向き、懐から銀色に光る銃を抜く。
顔には不敵な笑み。
「残念ブー」
そう言ったのと同時に引き金を引き、青い光が閃く。
セイレムはすぐ銃をしまい、教会へ続く道へ向かって言う。
「終わったぞー」
暗い道の向こうから、長い耳を塞ぐように押さえたシュバルツと、ニコニコしているサリレイが戻ってきた。
「うー、すげえ銃声。ヒリヒリするー」
「だから塞いでいた方がいいよって言ったのに。あれ、氷付けにしちゃったの?」
飛びかかってきた時をそのまま固めたかのように、巨大な犬は氷付けにされていた。
セイレムはニッコリと笑いかける。
「怪我させちゃマズイからね。それに、こうすれば動きを封じられるだろ?」
「あー、確かに。うわっ冷てッ!!」
試しに触ったシュバルツが悲鳴を上げる。
よく見ると、氷からはうっすらと冷気が上がっていた。
きっとこの中に閉じこめられたら寒いだろう。
そう思うと、少し同情を感じた。
「なあ…氷付けで平気なのかよ?」
「ああ、死にやしない死にやしない。冷たいだけだから」
その言葉に絶句したシュバルツは、氷付けにされた魔物を見る。
濁った金の瞳が震えている。
「意識はそのままで封じ込めたのか!?」
「うん」
「何で!?」
セイレムからすっ、と笑みが消える。
「だって魔物だろ。楽に捕まってもらうのは我慢出来ない」
憎いから。
その言葉が聞こえるほどの口調にシュバルツは一瞬怯むが、すぐに厳しい表情になる。
「…意識も凍らせとけ。苦痛でショック死したら、協定違反でシリウスにはり倒されるぜ」
しばらくの間2人は対峙する形になり、サリレイは黙って見ていた。
普段笑顔のセイレムがこんな風にものを言った時はなかなかその考えを撤回しない。
その頑固さはシリウスと同じくらいだ。
「…わかったよ」
銃を抜き、魔物に向ける。
シュバルツとサリレイが耳を塞いだのを確認すると、引き金を引く。
銃口が青い火を吹き、銃弾は氷へ命中するが、僅かなヒビが入っただけ。
シュバルツがもう一度氷の中に閉じこめられた魔物を確認すると、もう目は震えていなかった。
シュバルツはやれやれと思う。
魔物の事となると、シリウスもセイレムも人が変わる。
家族を魔物に殺されているから強くは責められないが、今のは絶対に良くなかった。
そう言えばシリウス達は今頃どうしてるだろう。
魔物を追い詰めているのだろうか。
何だか不安になったのは、ここが誰もいない疑似空間で、暗い夜だからなのかもしれない。
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