久々の休日だったから、ロゼウスが神殿付近をモデルに疑似空間を創り、そこでシリウスと思う存分手合わせをした。
疑似空間だから周囲を気にしなくていい為、手加減無しに力をぶつけ合う。
大神官と副官と言う実力者が本気でぶつかり合う訳だから、終わった頃には疑似空間にあった神殿は…。
「見事なまでに、全壊していたな」
と言うのはシリウスの呟き。
手合わせ後の紅茶(ロゼウス作成)を楽しんでいた2人は、互いに魔法の事や戦い方などアレコレ話していたが、終わった後の神殿の様子に話が映ると、自然と苦笑してしまう。
見事なまでに粉々にしていた。
「アレは…少々、やり過ぎたようですね」
「うむ。何が原因であそこまで壊してしまったのだろうな?」
「まず神殿内に俺が入り込んで旦那が後を追われて…で、俺が影を使って攻撃しましたがそれを避けられて」
黙って聞いていた別の1人が溜息混じりに言った。
「シリウスが刀で支柱を斬ったのが原因だろ…」
両足を組んで、踵をデスクの上に乗せて呆れているのはセイレムだった。
カップの中が空になったので、シリウスとロゼウスがいるテーブルの丁度真ん中にあるティーポットへ向けて手招きし、スーッと自分の手に移動させた。
甘い匂いのする紅茶をカップになみなみと注ぐと、ぐいっと一口。
「あのねお前ら。少しは自分らの力を考えながら手合わせしたら?」
青い目が、シリウスの手元にある刀を見、それから2人を睨む。
「疑似空間壊れる寸前まで夢中になるなよ、見物人を殺す気か。大体、神殿の支柱ン中で一番大事なやつを斬ったら崩れるに決まってンだろ。俺圧死したくないな、綺麗じゃないから。だってグチョグチョじゃん」
ロゼウスが少しムッとする。
「旦那と俺が手合わせする、って聞いた途端、お前が『見たい』って勝手に言いだしたんだ。圧死したきゃ勝手にしていろ」
「あーうん。別にいいやコノ話はもう。お菓子食う?」
「「要る」」
即答しつつ(自分から振ってきた癖に)とロゼウスは思うが口にはしない。
神殿でロゼウスが「いざ手合わせの為に疑似空間を」と意気込み作ろうとしていた時、暇だから遊びに来たゾとセイレムがやって来た。
シリウスの「では見物するか? 身の安全は保障しないが」に「OK」と即答していたが、予想以上の暴れっぷりに辟易したらしい。
終わると同時に「お茶にしよう」と言い出し、シリウスの能力で魔法省本部内にある自分の部屋へ、3人仲良く転移させてたのだ。
そして現在に至る。
ふと扉をノックする音がし、セイレムは足を下ろして扉へ向かう。
シリウスとロゼウスは顔を見合わせ、小さな小鳥に無言で変身すると、パタパタと飛んで本棚の隅に隠れた。
受付を通さずに大神官と副官が入って来ているのを、誰かに見られるとマズイからだ。
それを確認したセイレムは、扉の向こうへ問う。
「どちら様ー」
「同じ特別捜査官のエルドですがー」
「あ、何だエルドか。入っていいよ」
そう言って開くであろう扉から少し離れたが、扉は開かない。
セイレムの表情が少し緊張したものになるが、それはすぐに崩れた。
向こうから、困った声がするからだ。
「…開けてくれませんかー。両手塞がってて駄目なんで」
「あーハイハイ。どーしたんだ…って凄いな。うわッ…オイ、何だコレ!」
開けた途端目の前にドンとあった花やら箱やら、本部近くにある人気パン屋のパン(セイレムお気に入り)の山をグイ、と押しつけられ、セイレムはスッキリした様子の同僚に抗議の声を上げる。
エルドは顎くらいまでの長さの金髪に、オレンジ色の垂れ目の青年で、どこか愛嬌のある顔をしている。
今は肩の荷が下りたと言わんばかりに清々した様子で、嬉しそうに伸びをしていた。
「っあー……軽いっていい…!」
「エルド。何でこれを俺に渡す訳だ? えぇオイ?」
「あ、それはですね。ここに来る途中で色んな子達に『これお願いセイレム君に』とか『スノーサハラ特別捜査官にお願いします』とか言われて押しつけられた物です」
「…………………ホントに?」
セイレムの問にエルドが頷く。
それから小さな声で言った。
「…大神官と副官のお2人が来ているのなら、貴方も彼らも、この後3時間は外へ出ない方がいいかと思われます」
「忠告どーも。…サンキュ」
セイレムが困ったように苦笑すると、エルドも同じように笑った。
同情からなのか何なのか、去り際に肩をポンポンと叩かれた。
エルドが去った後、部屋に戻ったセイレムは空いたままの扉を見つめる。
すると扉は勝手に閉まって鍵がかけられた。
それと同時に小鳥になって隠れていた2人が元の姿に戻る。
「両手が塞がっている時って、念力があると便利みたいだな」
ロゼウスが感心して言う。
閉めた扉を見つめて言った言葉に悪気はなく、本気でそう思ったらしい。
セイレムは微妙な笑みを浮かべて、2人の近くにあるテーブルへ向かう。
「まーね。さて…悪いけどそっちのテーブルに置くよ。ロゼ、上のやつ、どけてもらえるかな」
「あぁ」
ロゼウスが盆の上にカップやティーポットを退けてから、セイレムは念力を利用して貰った物を静かに置いていく。
椅子に座ってそれを見たシリウスは、山のようにある物に感心したように呟いた。
「凄い量のプレゼントだな…どうするのだ?」
「食べ物は日々の楽しみにするのさ。冷蔵しなきゃなんない奴は後で冷蔵庫にしまって、常温保存出来るやつは机の引き出し行き。食べ物以外のは………まぁイロイロ。物は盗聴器検査を一応しよう。花は飾るとして…この箱何だ? うっ、長官からの書類だ。エルドに押しつけたな、あの人」
他の食べ物より先に箱へ手を伸ばしている辺り、文句は言いつつも、真面目に考えているらしい。
中にあったのは書類と何枚かの写真。
写真を見たセイレムの表情が、一瞬、不快なものになる。
が、すぐに笑顔に変わった。
「どうしたのだ?」
「んー…ライゼル風に言えば、『カエル野郎情報』ってヤツ」
過去に存在した自分の名前に、ロゼウスの眉がピクリと動く。
セイレムは探るような目でロゼウスを見るが、ニッコリ笑うと書類と写真を元の箱に戻し、自分の机の上に置いた。
「ラインハルト陸軍総司令官に色々とちょっかい出してる貴族がいてね。推測の段階だから多くは言えないけど、2人とも気を付けな」
「…………わかった」
「……………………」
ロゼウスは無言だが了承したようで、手を口に当てて、何か考え込んでいるようだった。
セイレムもシリウスも、そう言う時のロゼウスは真剣に考えている時なのでそっとしておいたが、何気なく見たセイレムは昔を思い出し、無意識の内に笑みが浮かんでいた。
シリウスと、見られていたロゼウス本人もそれに気付き、顔を上げる。
「……何だ?」
「え?」
「笑ってるぞ?」
「あ、いや…昔見たいだなー、と思ってさ」
「昔?」
「覚醒したての頃さ、いっつも黙ってて、そんな顔してたから、みんなビビっちゃってお前に話しかけなかったじゃん」
セイレムがケロリと言う。
当時も、何百年も経った今でも、セイレムはロゼウスがキメラになったばかりの話題をサラリと言う。
それにはもう慣れっこのロゼウスだが、こう言う『昔に比べて丸くなったわよね』的な話は、何度言われても慣れない。
ロゼウスは昔を思い出し、少し困った様子になる。
「そう、か?」
「そ。担当医には必要最低限しか口を利かないし、知らない奴には警戒心剥き出しの困った奴だった。俺と長官には比較的よく喋ってはいたけどな、それでもシリウスの方が上だったし」
「なぜ私なのだ」
「事実を言っただけさ。ウィルドガルドの部分が濃く残ったのもあって、シリウスには懐いていた」
「犬か猫みたいに言うな」
ロゼウスがムッとした。
セイレムは「気にするなよ」と言って笑い飛ばしていたが、急にニヤニヤと笑みを浮かべた。
「あ、昔と言えばさぁ…」
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